誰にとっても優しいことなんてあり得ないと思う。
最近よく褒めて伸ばすというけれど、部下がミスをしたとして、怒らないのは優しいだろうか。お客様が損害を被ったなら、お客様のために怒ってあげないのは薄情じゃない?
自転車に轢かれそうな女の子を助けたとしましょう。その子がこれから誰かに酷いことを言ったとしたら、その誰かは女の子が入院してた方が酷いこと言われずに済んだのにね。
隣町の少年が八百屋の林檎を盗みました。家族に捨てられてどうしてもお金がなかったのです。飢えて苦しんでいたのに、捕まって前科がついてまた苦しんでしまいました。でも八百屋のおじさんも林檎が失くなってとってもとっても困っちゃった。その話を聞いた私は大変ねえと言いながら、どうでもいいのでハーゲンダッツを食べました。
さておじさんは誰を恨めばいいでしょう。少年ですかその家族ですか、それとも知らんぷりした私ですか、不公平な社会ですか。社会を憎め!でもその社会を構成してるのは誰だっけ。
世界中の全員に優しくしたいなら、まずは世界中の全員が優しくならなきゃ意味ないんじゃないでしょうか。でも皆が優しくなるためにはまず、誰かが皆に優しくしてあげないといけないんじゃないでしょうか。
優しくするのが先か、優しくなるのが先か、卵が先か鶏が先か、両方食べれちゃう親子丼って世界の真理なのかもしれない。
皆が身の回りの人に優しくする。たまに遠くの人にも優しくする。孤独な人は見捨てられる。けど歯車が上手く回れば助かる人もいる。
せいぜいそれくらいが限界で、でも利口ぶって諦めるわけでもなくて、その限界をめいいっぱい伸ばせるように生きていきたいな、と思った。
『優しさ』
12時になったら魔法が解けてしまう。
今日はあなたに逢えたから、それだけで特別だった。
シンデレラはガラスの靴を落としたけれど、私のヒールはベルト付きで脱げなかった。代わりにかかとの靴擦れが残って、私の足に証拠があっても意味ないじゃないとひとりごちながら、大事に痛みを抱えている。
あと10分。
日付が変われば魔法が解けて、楽しかった今日は終わる。
既読に回数表示がなくて良かった。また会おうねなんてありふれた挨拶で終えたSNSを開いては閉じて、閉じては開いて。それからふと思い立つ。
やっぱり特別ルールにしよう。
太陽の仕掛けた魔法なんて時代遅れよ、令和のシンデレラはゆとり世代なの。
私の今日は私のもの、私が終わりと決めるまで今日は終わらない。
無意味に今日を引き伸ばしながら、また針は明日へと進む。
『ミッドナイト』
辞書によれば安心とは、気掛かりなことがないという意味らしい。けれど気がかりがない時間などこの世にあり得るだろうか。
休みの日なら、また次の日には仕事が待っている。大切な人と居れば、その人はいつか居なくなる。そもそも私も百年後には、もうこの世にいないのだ。
そうすると安心とは、不安が麻痺することかもしれない。先に不安なことがあっても、束の間それを忘れていられる時間。
お酒を飲んで、音楽を聞いて、本を読んで、みんなそれぞれの方法で麻酔をかける。
私の麻酔はきっと、言葉にすること。
わからないことは怖い。だからわからないことを私の言葉で噛み砕き、私のものにしてしまう。本当は少し違っていたり、言葉にしたせいで失われるものもあるかもしれないが。私のテリトリーに持ち込めば、ひとまずは安心できる。
そうして私は今日も言葉を紡ぐのだ。
『安心と不安』