ザーン、ザザーン
波の音がしていた。
時報のサイレンが鳴って、遠くで汽笛が聞こえた。
船が出るのだった。
弟が乗った船が、今出るのだった。
ザーン、ザザーン
波は絶えず押し寄せていた。
弟はこの島から出ていくのだった。
母の言いつけ通りに。
父の書き置き通りに。
ばあやの嘆きの通りに。
この島から出ていくのだった。
弟は、この島唯一の名家の世継ぎということを胸に、お坊ちゃんのまま、この島から出ていくのだった。
また、帰ってくるという約束を胸に。
今は、見送りの時間だった。
父や母や妹は、見送りに、港へ出ているはずだった。
もちろん、島の人たちも。
しかし私は、見送りに行く気にはなれなかった。
弟は優しい子だった。
戦争ごっこよりも、冒険よりも、父が教育のために考案したコインゲームよりも。
ただ波音に耳を澄ませて、海を滑るボーっと船を眺めるのが、好きな子だった。
でも弟はもう子どもではないのだった。
厳しい父の躾に密かに泣いて反抗していた子どもではないのだ。
優しいけれど足りない母に傷つくと分かっていながら甘えずにはいられなかった、小さな子ではもはやないのだ。
いつも私の後についてきて、ばあやにイタズラを仕掛けていたあの子ではもうないのだった。
弟は、大人になった。
姉である私より先に。
しっかり者の妹より先に。
弟は大人になった。
誰よりも早く。
そうして、大人になって、立派に島を出て、遠くの地へ足を踏み出そうとしているのだった。
波音に耳を澄ませながら、タンカー船や旅客船をただ眺めていたあの弟が。
浜辺に座って、私は海を眺めた。
弟の船を、ここで見送ろうと思った。
弟と船を見た、あの日々と同じように。
波音に耳を澄ませた。
ザーン、ザザーン
波は絶えず押し寄せていた。
波音に耳を澄ませて、船を探した。
ザーン、ザザーン
波の音がしていた。
今年の夏は、あっという間に過ぎ去ってしまった。
今月はずっと青い風が吹いている。
青い東風が。
晩夏を告げる青い風が。
異常気象だ。
夏が猛暑化してきた最近の異常気象の中で、珍しく私たちに概ね有り難い、異常気象だ。
涼しい青い風を堪能する私たちの周りで、大人たちは、人間による地球温暖化の影響だ、冷夏で農作物が、と騒ぎ立てている。
国語を真面目に受けていなかった同級生たちは、「青い風」は夏の最中に吹くものだと思っていたらしい。
気持ちはわかる。
歌詞とかそうだもんね。
でも、今回のは俳句用語で使われている方の「青い風」で、それは晩夏に吹くのだ、と、私は知っていた。
というわけで、「青い風」と表現されるような、涼しくて青い東風が吹き始めて、今年の夏は終わってしまった。
今年は、海にも山にも行かず、夏は終わってしまった。
夏休みをとるほど暑くない、と、偉い議員が発言して、その発言は結果として、現場の教師を夏休みすらなく働かせるつもりか、それの何が働き方改革か、と大反発を招き、大炎上した。
それで、私たちの夏休みは守られた。
大人の事情ってのが癪だけど。
きっと何十年かぶりのクーラーのいらない夏休みだ。
私たちは外で風を浴びながら、食べるには既にもう寒いアイスを齧り、「寒いね」と言い合う。
クラゲが打ち上がるようになってしまった海を眺めて、「泳ぎたかったね」と言い合う。
曇りの増えた空を見上げて、「しけてるなぁ」と話す。
蝉はもう鳴いていない。
青い風が吹いている。
涼しい、青い風だ。
異常気象だ。
過ぎ去った夏の中で私たちの、ちっとも夏らしくも青春らしくもない夏休みは、過ぎていく。
青い風が吹き抜けていく。
あの虹の向こうに、何があるのか知りたかった。
あの山の向こう、あの空が続く先に、何があって、どんな景色が広がっているのか。
気になって気になって仕方ない。
遠くへ行きたい。
まだ見ぬ世界を見たい。
人の愚かさを伝える景色を、人の優しさを感じられる姿を、人のありのままを考えられる史跡を。
見たい。たくさん見たい。遠くへ行きたい。
そう。私は遠くへ行きたかったのだ。
人が好きで、この世界が好きで、何もかもが愛おしいから、いくら遠くにあっても愛おしいそれを感じていたいのだ。
遠くへ、遠くへ行きたい。
その一心で、私は冒険家になった。
テントを担いで山を登る。
ヨットの帆を操り海を渡る。
縄を投げて岩山を登る。
ハングライダーを背負って空を滑空する。
山頂には純白の雪がふわふわと積もっている。
海の小波は太陽に照らされて細かく煌びやかに輝いている。
険しい岩山の切り立った角度は独特の印影を地面や岩に投げかける。
空はくるくると表情を変える。
植物は絡み合い、日光や養分を醜く奪い合いながら美しく多様に茂る。
動物は怯え合い、利己的な欲望を晒しながら醜く食い喰われ、美しく多様な生態を飾る。
人間は憎み合い、愚かにも殺し合いながら醜く生き延びて、美しく多様な生き様を残す。
私はその全てが好きだった。
だから、私は遠くへ行きたい。
遠くへ行って、醜く利己的で美しく多様な生き物を、自然の営みを、地球を、何もかも網膜に焼き付けたい。
私は今日も冒険へ出る。
靴紐を結び、荷物を背負い、朝日に挨拶をして。
私は遠くへ行きたい。
遠くへ行って、全てを網膜に焼き付けるまで。
遠くへ、遠くへ行きたい。
透明な氷 小刀でそっと 削ぎ削り
残った芯こそ 天然クリスタル
クリスタル 氷の中から 掘るように
かき氷削る おやじの親指
玻璃水晶 クウォーツシリトン アメジスト
やっぱりクリスタルが 一番魔惑
集団の 狂気は人を 氷漬け
自由砕ける クリスタル・ナハト
とうもろこしを食べるのには、元気がいる。
あの、隙間なくびっしりと並んだつやつやの、ニスでも塗ったみたいなピカピカの黄色い実が密集した塊からコーンを齧りとる最初の一口は、なんだか、作り物のおもちゃを齧るような、妙な緊張感がある。
だから、とうもろこしを齧るには、元気がいるのだ。
7月になった途端に鳴かなくてもいいのに、どこからか聞こえる蝉の声に、そう悪態をつきたくなる。
強すぎる日差しが、肌やコンクリートを焼くヒリヒリとした匂いがする。
私の故郷の夏の匂いとは全然違う、街の夏の匂い。
私の故郷で、夏の鮮やかなもの、といえば、宝石を散りばめたように輝く、あの魚だった。
あの橙の体に黒の斑点を散りばめた小さな魚の鱗は、きらきらと密集して、光の当て方を変えると、なだらかにうねって、いろいろな色に輝いて見せた。
角度を変えると紫色になったあの魚の色は、今でもくっきり思い出せる。
生きているって感じの、鮮やかさだった。
遠い、南にあるジャングルだった私の故郷の夏の匂いは、もっと湿っぽくて、むしむしと匂った。
太陽の匂いよりも、濃い緑色の、生き生き茂った葉の匂いがした。
蝉は、他の鳥や獣に声をかき消されながら、しゃわしゃわと鳴いた。
その匂いと蝉の声が、川上からほのかにし始めたら、家族の中でもうすぐ13になろうとする、あの時の私たちのような子どもたちは、水中弓を引く練習を始めるのだった。
あの魚を獲るための練習を始めるのだった。
あの魚を獲ることは、あのジャングル地域に住む子どもたちの憧れで、私の憧れでもあった。
私はおもちゃでいつもあの魚を作った。
小さいのに、トリケラトプスを思わせるように立派に発達した背鰭を、どうにかして再現しようとした。
おもちゃで作り上げたあの魚を眺めながら、あの魚が泳ぐところを、何度も何度も夢想した。
私の憧れが目の前で崩れ去った時の父の言葉は、「もう時代が変わった」だった。
父は、より良い暮らし、より良い仕事、そして、より子どもたちを将来性のある仕事に就かせることを求めて、街へ行く決意をしたのだった。
私の常識は変わってしまった。
釣りよりも弓を引くことよりも、勉強の方が良くて楽しいことだとされるようになってしまった。
私は勉強が嫌いだった。
数字を書いたり、文字を読んだりするより、魚や虫を獲って、水に足を浸す方が好きだった。
けれど大人たちは揃っていった。
「第一産業よりも第二産業、第二産業よりも第三産業の方が儲かるのだ」
「自然と戯れているより、パソコンや工場や、つまり、人の生み出したものと戯れている方が、豊かで幸せな人生になる」
「ここでお金を稼ぐだけ稼げば、じきに、好きな時に好きなだけ自然と遊べるようになるさ」
そうして私は、かつての私の故郷で生きていく術を、牙を失った。
私は大人になった今も街にいて、作り物みたいなとうもろこしに元気を振り絞って齧り付き、人工物と太陽ばかりの街中にじっとりと立ち昇る陽炎に包まれて、街で人の作ったものの数字を捏ねくり回して生きている。
夏の匂いがした。
コンクリートと太陽ばかりの、渇いた夏の匂いだった。