香草

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3/8/2025, 8:21:50 PM

「秘密の場所」

息苦しい。

入社して5年。やっと仕事の要領が掴めてきた、と自信を持つ暇もなく積み重なる仕事の山。
期待してるよ、という言葉の重圧で肺が潰れそうだ。
毎日遅くまで残業をして寝るだけの生活。逃げ出したいのに世間の視線が気になるし、期待してるよという言葉の温かさにまだすがっている。
今日は久しぶりに定時で帰れたが、頭はドーパミンが出切った後で放心状態。
もうダメかもしれない。うごかないあたまがつぶやく。赤信号が見えているのに足が動いた。

ふとスパイスの良い香りが鼻をくすぐった。
カレーとはまた違う、ニンニクやジンジャーの香りがする。なんともいえないエキゾチックな香りで脳が起き上がる。
香りに誘われて路地裏を右へ左へ。気がつくと、木製のドアと白い壁のシンプルな店へ辿り着いた。
ドアには“Herva”という文字をくり抜いた看板が吊り下がっている。

少し入りづらい雰囲気があるが、香りに負けてドアを開けた。
中はほんのり薄暗いオレンジ色の光で満たされていて、外に漏れ出ている香りが一層濃くなって充満していた。
奥にはカウンターがあり、バーテンダーのような佇まいの店員がこちらを見ている。
「いらっしゃいませ。」
他に客はいないようだ。心地よい香りと微かに聞こえるピアノの音色が緊張をほぐす。
なんとなくカウンターの一番端の席に座る。

「本日のメニューです。」
慣れた手つきでメニューが差し出される。
これは、隠れ家的店を見つけたぞ、こう言う店ほど美味しいんだよ!というワクワクを抑えながらメニューを開いた。

・ヒーローの話
・光に憧れる人魚の話
・草に触れた赤子の話
・人生の暗闇に迷い込んだ人の話
・光ある夢を追いかけた少女の話

料理名とは思えないような文字がずらりと並んでいる。
「あの、これ…」
困惑してバーテンダーを見つめる。
よく見るとバーテンダーの後ろの酒棚にはワインなどの酒ではなく本が並んでいた。さながら大きく古い図書館のように。
「当店は言葉というハーブを扱っております。もちろんお客様が選んだお話に合わせたお料理も提供させていただきます。」

本は苦手だ。
文字の羅列を見ると頭が痛くなる。想像力が乏しくて読書の何が楽しいのかさっぱり分からず生きてきた。
そんな私の心を見透かしたように店員が話す。
「孤独な状況で挫折したとき、立ち上がれないほど膝をついてしまったとき、どうやって立ち上がりますか?そういう時、言葉が希望となります。
何か漫画のセリフだったり、ネットで見かけた偉人の名言などがきっかけのこともあります。そういう風に誰かを支える言葉を提供したい、それがここの店主の思いです。本は読まなくても大丈夫ですよ。」
そう言ってバーテンダーは笑った。

温かなハーブの香りが目に染みる。
メニューがぼやける。
「ここは秘密の場所です。息抜きが欲しい時、孤独で寂しくてどうしようもない時、いつでもいらしてください。」
ピアノの優しい旋律が静かに流れていた。



2/28/2025, 5:09:48 PM

「あの日の温もり」

高層ビルの社長室から街を見下ろす。
ドアを叩く音がして秘書が入ってきた。
「社長、本日のご予定です。13時から国際技術展覧会、19時からグローバルスタジオ主催のパーティーになります。」
「グローバルスタジオ?そことは取引をやめたはずだろう。断らなかったのか。」

秘書が慌てて資料をめくる。
「申し訳ございません。契約終了前に招待が来ておりましたので…」
「言い訳は結構。君の仕事は予定を管理することだ。そのくらいできると思ってたんだがな。」
秘書は顔をこわばらせて固まってしまった。
「もういいよ、時間になったら呼びに来なさい。」
秘書を退出させてタバコに火をつけた。

くだらない接待、薄っぺらい褒め言葉に笑顔を振り撒く毎日。
心から信頼できる人間なんて一人もいない。
窓から下界を見下ろした。
蟻のようにたくさんの人間が動いている。
ふとボロボロの家が目についた。
今にも崩れてしまいそうな家だ。
貧しくても真面目さと素直さが大切だと言って育てられた家を思い出す。

高校時代、クラスからはじきものにされていじめられていた奴がいた。
それを見て見ぬふりができず、いじめのリーダーと殴り合いの喧嘩をした。
いじめは終わったが、暴力事件として警察や学校から呼び出され、退学になってしまった。
助けたはず奴からも恐れられ、警察も教師も誰も味方になってくれなかった。
それでも両親は何一つ疑わず私を支えてくれた。

昼にバイトをして夜間学校に通う生活になったが、少しでも良い大学に行けるようにとずっと支えてくれた。
あの純粋な温もりは今はもうない。
両親の支援の甲斐あって海外の大学に進学し、大手企業に入社。優秀な同僚達がいる中で少しでも這いあがろうともがいてきた。

時には他人を蹴落とし、足を引っ張っているうちに、いつのまにか真面目さと素直さなんて忘れてしまった。
今の自分を見たら両親はなんと言うだろうか。
もうここ何年も連絡を取っていないが、この週末実家に帰ろう。
私はそう心に決めて、秘書に謝ろうと社長室を出た。

2/22/2025, 6:14:51 PM

「君と見た虹」

雨上がり子どもたちが楽しそうにはしゃいでる。
その声が聞こえないようにそっとイヤホンをつけた。
ノイズキャンセリングに感謝しながら帰路に着く。
ふと懐かしい音楽が流れてきて、あの頃の情景が目に浮かんだ。

「早くかえろー」
「ちょっと待って!」
僕はランドセルを背負って彼女に駆け寄った。
3軒隣に住んでいる幼なじみ。
その日は雨が降って水たまりがたくさんできていた。

「ねえねえ!水たまりに虹が出てるよ!」
お昼過ぎまで降っていた雨で興奮した様子の君に手を引かれ、水たまりを覗き込む。
そこには虹に包まれた僕たちが映っていた。
時折風に吹かれて虹が回る。
彼女は不思議そうにつま先をちょんとつけた。
はしゃいだ様子でこちらを見る。
水面に映る君の顔が見えなくなって、ふと横を見ると、その笑顔はあまりに眩しく僕はそっと視線を逸らした。
今では見ることができないその笑顔をもっと見ていれば、と音楽を聴きながら少し後悔した。
思えばあの頃からずっと目を逸らしてきたのかもしれない。
君を好きになっていた僕にずっとあの笑顔を見せてくれる君を意識すればするほど話せなくなった。

成人式で再会した彼女はすっかり大人っぽくなっていた。途中でやめた日記を今更埋めていくように、僕は彼女に話しかけた。

「久しぶりー!」
「久しぶり!元気にしてた?」
「なんとかやってるよ。そっちは?」
「絶好調!仕事も楽しいし彼氏もできたんだよね!」
「そっか!おめでとう!」
つい反射で言ってしまった。
今でもあの頃のように話しかけてくれる君に、僕ははじめて君の笑顔を真似して嘘をつくしかなかった。
その帰り道、あの時と同じ水たまりが目の前にあった。
覗き込んでも彼女は見えなくて、彼女の真似をして作った笑顔は僕の気持ちを映すように笑ってくれない。
正直な水たまりの僕を、嘘つきの僕はただ踏みつけるしかなかった。

2/12/2025, 1:52:39 PM

「ココロ」

ジャム瓶がひとつ
微かに甘い香りを漂わせてじっと待っている
もういちごなんて食べられないのに

あるときジャム瓶は強く掴まれた
砕けてしまいそうなほど強く掴まれて
見たこともない高さまで振り上げられた
だけどその手は震えながらジャム瓶をそっと置いただけだった

あるときジャム瓶はそっと優しく持ち上げられた
蓋をゆっくり外されると甘い甘いジャムが滑り込んだ
それはいちごじゃなくて、どこか異国の香りがした
久しぶりの甘い気分

ジャム瓶は知っていた
自分が傷だらけで欠けだらけということを
もういつ割れて無くなってもおかしくないことを
いつから存在していたのかどうやって消えるのか自分でも分からない
でもいつのまにかいろんなジャムが入ってきてとてもとても甘いジャムで満たされていることだけは知っていた
幸せな気分

2/10/2025, 3:49:47 PM

不動の星を眺めながらホッキョクグマはため息をついた。
自身がじわじわと凍っていくような北極の世界で、彼は孤独を噛み締めていた。
ホッキョクグマは年々数を減らしている。元々群れることのない種族だが、出会う同族が最近明らかに少ない。
朝起きたら隣人が死んでいるということもザラだ。
厳しい自然界で生きていく運命にある限り、当たり前のことである。

彼は生まれつきの寂しがりだった。
群れで獲物を狩り、仲間とご飯の幸せを共有したかった。
父母揃って家族団欒を過ごしたかった。

彼は喉を枯らしたように鳴いた。
「いつか、友達ができますように。」

天帝は静かに彼を見守っていた。


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最近生活が忙しくペンを執る回数が少なくなりました。お題は確認するのですが、ストーリーを練る時間がなく…
そうしている間に、たくさんの素敵なお題を逃してしまったようです。
このアプリは毎年同じお題を出すという噂があるようですが、同じお題だったとしても、その時々によって違う解釈で書いていきたいので、なんとも惜しい気分です。
そこでインスタにこれまで逃してしまったお題で物語をアップしていこうと思います。
これまで書いた物語をアップすることもありますし、違う物語を書くこともあるかもしれませんし、
一般物書きの私の自己満足アカウントでしかありませんが、ご興味がありましたらぜひフォローしてください。

もしこのアプリで他SNSのフォロー促進がマナー違反でしたらご容赦ください。

ID: 0_.kotonoha._0

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