「手袋」
5本指をそれぞれの穴に入れてグッパッと動かした。
一回り手が大きく無骨になったような感じがして少し嫌だ。グッと握りしめるとコートのポッケに入れる。
「準備できたよ」
妻が頬を両手で挟みながら小走りで玄関までやってきた。指が分かれていない、まあるい手袋だ。
萌葱色の手袋は妻の明るい笑顔によく似合っているし、小動物のような手が何かのゆるいキャラクターのように見えて可愛らしかった。
でもそれを直接言うのもなんだか気恥ずかしくて僕は「行こうか」とだけ呟いてドアを開けた。
慌てて靴をつっかけて僕の腕に手を回す。
少女のような手が必死に僕の腕を掴んでいるのを見ると胸の奥がキュンとなった。だがそれを悟られないように僕はポケットの中でぎゅっと拳を握りしめた。
妻はおもむろに僕のポケットに手を突っ込んだ。僕の手を無理やり開かせてふと言った。
「あ、これじゃ手繋げないね」
そして何の躊躇もなく可愛い手袋を脱いだ。少しぽったりした妻の指が姿を現す。
そしてまたポケットに突っ込むと指を絡めた。
僕は少し冷めてしまった彼女の手をすべて包み込めるようにぎゅっと指を伸ばした。
「新年」
今年こそいい年にしてやると半ば気合を入れてベッドに潜り込んだ。
だけど出てきたのは縁起のいい山や野菜や鳥なんかではなくりんごのような女の子だった。
白いニット帽から毛糸のおさげを垂らしてパツパツのフランスパンのようなダウンコートを着ている。
口を白いマフラーの中にしまって、まあるく真っ赤なほっぺたがまるでふくらんだお餅のようにマフラーに乗っていた。
どこかで見たことがあるような気がして、だけどそれは絵本とか小説とか私の想像の中だけに存在していたもののような気もする。
彼女は私を見ると目を細めてほっぺたをさらに赤くした。
色鉛筆で塗ったようなじんわりと赤いほっぺた。手で包み込んでしまいたい衝動をグッと堪える。
すごくりんごが食べたくなって目が覚めた。
よく分からない夢だった。
全然知らない女の子だし、自分を含め周りで子供が生まれる予定もない。
何か意味があるのかと調べたけれどこれと言ってピンとこない。
それでもなんだか故郷に帰ったような、昔母の胸に飛び込んだ時のようなホクホクと温かな気持ちだった。
そっと自分の頬を包んでみた。意外と温かった。
「雪の静寂」
雪が降る様子を最初にしんしんと例えた人はどんな人だろう。
なんとなく貴族な気がする。
平民は雪が降っていたら雪が降った影響を考えるだろうから。畑がびちゃびちゃになっちまうとか。
やはり冬の景色を静かに眺める余裕があって感性のアンテナが高い貴族なのかもしれない。
じゃあしんしんという言葉も使いたくねえな。
ビールの缶をぐしゃりと片手で潰して俺は布団に寝っ転がった。
カーテンもかかっていない窓から埃みたいな雪がちらついて、フケでいじめられた学生時代を思い出した。
ぜーんぶクソだ。俺より恵まれているやつみんな消えればいい。雪が降る様子がしんしんとか趣深いとかどうでもいい。そんなことよりこの頭のムシャクシャを晴らす方法を教えろよ。
窓を思いっきり開けて腹の底から叫びたい。
もっと雪が降ればいいのに。そうすれば俺の声もムシャクシャも吸い込んで静かにしてくれるだろうに。
「星になる」
死んだら星になるって言うよね。
じゃあ流れ星は誰かが生き返るってことなの?
幼子にそう聞かれて私は言葉が詰まってしまった。
微かに小さく瞬いている星を見つめて答えを探す。
そうかもしれないね、と簡単に答えられないのは彼が母親を亡くしているからだ。
彼の目にはたくさんの星が輝いて溢れそうなのに吸い込まれそうな瞳をしている。
まるで国を超えて彷徨う旅人と同じような孤独の影を見て、私は思わず彼を抱きしめた。
夜空は孤独を深める。
満点の星空は美しいが天井がなく自分の足がグラグラと揺れてしまう。
そしてそのまま地面と繋がりが切れて空に吸い込まれてしまうのだろう。
私はまだ彼に星になって欲しくなかった。
すると、まるで早く彼をこちらに渡せとでも言うように星が降り始めた。
向こうへ行け。他の誰かの元へ行け。まだこの子を迎えに来るな。
星は尾を引いて私たちの上を通り過ぎた。
「遠い鐘の音」
誰かの福が降りた商店街
沸き立つ胸は来年への祈りか