幼い妹の背を見た。
過去へ戻れないかなと考えていた。
大人になるに伴い、そんな子供の浅い考えも消えていった。過去は過去と分別し、函の中にしまい込んだ。
次第に過去は錆びつき、思い出はセピア色に風化する。
だけど、ふと思い出そうとする自分がいる。
私は幼い妹の背を見た。背を丸くし猫のようだと思った。小さな背は泣いてる。
私は何も言わず、その小さい背を抱きしめた。
無邪気に笑う君。
8月の終わりにいなくなった君。
蝉、風鈴の音、夜風と共にあぜ道に漂う儚いのに強さを感じる蛍火。
また8月がくれば、僕の影が君の影を探している。
無邪気に笑う君の名を呼びたい。
月は来る者を拒まず包み込み、星は来る者の橋になり儚く輝く。
あの日約束した貴方の面影をポケットにしまい込んで僕は星の橋にそっと足をかける。
月世界で貴方に会えると信じて――。
「気持ち」〈一部グロテスク注意⚠️〉
ねぇ、ご主人。私、ご主人のためなら何でも出来るよ。だから、構ってよ。また昔みたいに。
昨日も一昨日もずっと私に構ってくれないね。分かった、周りに置かれている人形たちみたいになればまたご主人に気に入れられるよね。
そうと決まれば、まずは。
(おもむろに自身の右腕を取り、そのまま引き千切った。大声を上げ泣き叫ぶ)
はぁはぁ、ハハハ……。痛い。でもまだ足りない。まだ人形たちよりまだ残ってる。まだ…。
(今度は左目に指を当てがて強く押す。目の前がチカチカと光るが、構わず押し込んだ。激痛に耐えかねてバランスを崩して倒れる)
「何してるの」
聞き慣れた声。安心する。私の心は乱れ切っていた湖面が落ち着いた湖面に変わるように静かになる。
身体が持ち上がる。久しぶりにご主人の目を見れた気がした。
私、頑張ったんだ。またご主人に遊んでもらいたくて、私、頑張ったんだ。
「此処、取れかかってる」
真っ黒い瞳のまま、私の左腕を掴む。そして、蔑んだ表情を浮かべる。
あぁ、やっぱり、私はご主人が好きだな。
※※※
「また壊したの?」
母親は少女の手元を見ながら呆れた。すると、少女は頭を振り、笑った。
「違うよ、勝手にお人形さんが壊れたんだよ」
そう言いながら、少女は手元の頭を握り潰す。母親はその光景にため息を吐いた。
また新しいのを調達しなきゃ、今度のは頑丈そうな子を。
暗がりの夜道、人気のない道を一人歩く。
辺りには僕一人の筈だが、何処からか視線を感じる。
後方から知っている声がして振り返るも、闇だけがあるばかり。
暗がりの夜道、過ぎ去る風は何処か肌寒く感じる。
恐怖はあれど、もう遅い。行き着く先はこの夜道に戻ってしまう。かれこれ、何周目かも忘れた。
ただこれだけは分かる。迷っているのでも酩酊しているのでもない。ただ僕はもう………。