疲れる。
疲れた。
さっきまで二人の女性から「デートはいつ行く?」とか、「ダーリン!」とそれぞれ言われて来た。
〝遊びに行く〟
それくらいなら別にいいんだ、友だちだし。
でも彼女たちは違う〝好意〟という名前を付けて俺に向けてくる。
周りも面白がって誰を選ぶ?
誰とくっつく?
どっちが好み?
と、みんながはやし立てる。
個人と会うだけで、「いつデートに行く?」「いつ周りに挨拶行ってくれる?」と言われた。
からかっているのも分かってる。
あんなのチョけてるだけだもん。
でも、そんな気持ちをぶつけられることに少し疲弊してしまったんだ。
人に振り回されるのは嫌いじゃないんだけどな。
根本的に、人の面倒を見るのが好きなんだ。人を助けたいから医者になったんだもん。
だから、それでも別に良かったんだけれど。
二人ともさ、俺の言葉を聞いてくれないんだよね。
ずっとこんなのだから、精神的に疲れて一人になると出会うんだ、彼女に。
「こんばんは。……お疲れですか?」
俺の顔を見て不安そうに声をかける彼女。
よく怪我をして、助けてあげる子。好きな色、好きなものが被っていて仲良くなっていた。
彼女は本当におっちょこちょいなのか、不運に巻き込まれる体質なのか本当によく怪我してる。
挨拶をしていくうち、彼女を守りたい気持ちが湧いたんだ。
そんな彼女から紡がれる「大丈夫ですか?」の言葉。
なんだか、心が軽くなった気がしたんだ。
「あ、うん。大丈夫。ありがと」
俺がそう伝えたけど、彼女は首をかしげながら眉間に皺を寄せる。パッと何かを思い出して荷物の中から何かを取り出して俺に差し向けた。
それは甘い炭酸の缶飲料が二つ。ラベルにはクリームソーダ味と書いてあった。
クリームソーダは俺と彼女が好きなもののひとつ。
「あげます」
「え?」
「差し入れしようと思って持っていたんです、クリームソーダ味!」
俺は思わず受け取る。
ごめん、クリームソーダと言われるとつい、ね。
「あ、じゃあ乾杯しない?」
俺はもらつた二缶のうちの一缶を彼女に渡す。彼女はどうしようかなと考えていたけれど、笑顔で受け取ってくれた。
プシュッとプルトップを開けてからふたりで缶を当てる。
「「乾杯」」
そう同時に言い合うと、缶に口を当てて喉に流し込む。
メロンソーダの微炭酸なのにミルキーで、それがより甘かった。この甘さは疲弊した身体と心にやたら効いた。
「おいしい!」
「うん、おいしい。ありがと」
彼女は俺の顔を見たあと、歯を見せながら屈託なく笑う。
「良かったです!」
そんな普通のことなのに、俺には嬉しかった。
この甘さは、クリームソーダ味の飲みものの甘さ……だけなのかな。
おわり
五四二、心の境界線
俺の恋人は色素が薄くて儚さを感じる女の子。
そんな彼女が最近気に入って付けているのが、透明な羽根のピアス。
ショートカットだから彼女が動くたびにガラスの羽根が反射する。その彼女がキレイで目を引くんだ。
俺は彼女が太陽の下でそのピアスをしている姿が好きだから、お出かけする時にシレッとリクエストしてしまう時がある。
俺のプレゼントじゃないのが少し悔しいんだけど。
彼女が一番お世話になっている人からもらったと言っていたから、まあ、しょうがない。
「どうしましたか?」
ぼんやりしていた俺に後ろから愛らしい声が聞こえて振り返る。
彼女はほんの少しだけ首を傾げるとキラリと透明な羽根が光った。
肌の白い彼女だから余計に映えるし、俺の心臓が飛び跳ねる。
「かわいいね」
目を大きく開いたかと思うと、ふにゃりと照れ笑いする彼女。
うん、かわいい。
おわり
五四一、透明な羽根
気温の下がり方が一気に下がっていて、暖房を入れるか一瞬悩むけれどそこまでじゃない。
食事が終わって恋人と居間のソファに座って寄り添い合う。彼の温かさが愛おしい。
あ、そうだ。
私はちょっと名残惜しいけれど、クローゼットの奥から取り出した。
せめて見るだけでも暖かくなるようにと思って、少し早いけれどティーライトのアロマキャンドルをテーブルに置いた。
彼はライターでアロマキャンドルに火を灯す。私は彼の隣に座って腕を絡めて肩に頭を乗せた。
揺らぐ灯火から柔らかい甘い香りが、気持ちが穏やかになっていく。
特に音もなくて、ゆっくりとした時間だけが流れて行った。
おわり
五四〇、灯火を囲んで
少しずつ気温が下がってきて、薄着で過ごすには難しい季節になりました。
それなので今日は恋人とふたり休みを合わせて衣替えデーです。
クローゼットの奥から収納ボックスを彼が取り出してくれる。私が受け取ろうとするけれど、彼から「重いからダメ」って言われた。だから大人しく置いてくれた収納ボックスを開けていく。
このボックスは彼のだ。
そこにはブラウンのダウンジャケットがあった。
「あ……」
私はそのジャケットを自然と手に取ってギュッと抱きしめてしまった。
「どったの?」
彼のジャケットを抱きしめているのを見て彼が驚いて声をかけながら隣に収納ボックスを置く。
私の様子を見てふわりと微笑んで座ってくれた。
「俺のジャケット、なんか変だった?」
私は首を横に振った。
このジャケットは大切なデートの時に着てくれたから私にとって思い出が深いジャケットなの。
なにより、このジャケットを着た時の彼が格好よくてドキドキしたから、その時をどうしても思い出しちゃう。
「変じゃないです。一度クリーニングを出しましょ」
「そうだね。君のジャケットも一緒に出そ」
「はい!」
そうお互いに微笑んでから、また冬支度を進めた。
おわり
五三九、冬支度
いま、私はとても幸せです。
大好きな彼と恋人になって、一緒に住むようになった。
一緒に眠る時間がどうしようもないほど幸せなの。彼の温もりは安心してゆっくりと深く眠れるようになったんだ。
だからね、この時間を止めて欲しいって思うの。
でも。
私はいつか彼と〝家族〟になりたい。
そう思うのは早いかもしれないけれどね。
だから、時間は止めて欲しくないの。
今が幸せだけれど、この先に幸せがもっともっと増えるかもしれない。
そう思ったら、時間を止めてなんて言えない。
だから私は彼と先に進むの。
彼と幸せになる道を探すために。
おわり
五三八、時を止めて