前までは一人で暮らしていたから、自分の力で起きなきゃいけなかった。
無機質な目覚まし音は盛大な音で鳴り響かせてようやく目が覚める。
――
「おはようございます!」
恋人が俺の身体を揺すってくる。
彼女の愛らしい声が心地よくて俺はこのまま眠れそうです。
「もー、起きないと朝ごはん冷めちゃいますよー!」
その言葉を聞き、眠りから意識が戻ってくる。気がつけばパンの焼けたいい匂いがして、お腹が空いていることも思い出させた。
目を擦りながらゆっくり身体を起こす。
愛しい彼女がふわりと微笑んでから、俺の身体をギュッと抱きしめてくれた。
「おはようございます」
「ん、おはよ」
無機質な目覚まし時計の音は、もう響かない。
おわり
五六二、失われた響き
しんと静まり返った朝。
無音という音が響き渡る。
なんだかいつもより寒くて身体がブルっと震えた。
ベッドの中では恋人と肌を寄せあっているけれど、かけているマルチケットでは肌寒いと感じて目が覚める。
彼女が同じように寒くならないように、するりとベッドから抜け出た。
ああ、これは寒い。
そろそろ厚手のパジャマを用意しないといけないなと考えながら、大きいブランケットを彼女にかけてか、ベッドに潜り込む。
ほんの少しだけ冷気が彼女に触れた瞬間、むにゃむにゃと動くけれど上から抱きしめると安心したように眠りについた。
もうすっかり冬だな。
おわり
五六一、霜降る朝
最近、身体が疲弊しているのは知っていた。
それでも救急隊員として、気軽に休めない時がある。
〝少しだけの無理〟を沢山した結果、休みの日には全く動けなくなった。
鍛え方が足りないと言われたらその通りなんだけど。それでも疲労は蓄積するものです。
一緒に住んでいる恋人は、俺のその様子に何日か経った頃にはフォローの動きが増えていた。
家事の当番を交代してくれたり、夕飯を好きなものにしてくれたり、お風呂の入浴剤を疲労回復するちょっと高いやつにしてくれたり。
彼女の仕事も時々繁忙期が来るので、俺はその時に全力でお返しさせていただきます。
そんなことを思いながら、今日も至れり尽くせりでベッドに倒れ込む。
「ちゃんとお布団の中に入ってくださいね」
過去にベッドの上で寝落ちしていること数回。その経験から彼女はベッドに倒れた俺を見に来てくれる。
本当に面目ない。
でも、今日はもうひとつ、ごめんなさい。
俺は彼女の手を取り抱きしめる。
「うわ」
最近ね。仕方がないとはいえひとりで眠るのが寂しくて、少しだけ息苦しかった。
「ごめん。このまま……」
お風呂上がりで自分の体温もまだ熱いけれど、それでも彼女の甘い香りと温もりには勝てない。
「仕方がないですねぇ」
そんな声が聞こえた気がする。
俺は彼女の声を聞きながら意識を手放した。
おわり
五六〇、心の深呼吸
「助けにきましたよー」
怪我をしていた私の目の前に来たのは、屈託のない笑顔の優しそうなお兄さんだった。
お医者さんだと言う彼は手際よく応急処置をしてくれて、その笑顔が素敵だな……ってちょっと思ったの。
そんな出会いから、偶然を重ねること数回。
おっちょこちょいな私は何度も彼の手をわずらわせてしまって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
仕事外でも会って話すことが増えてきて、大切な縁だなって思っていた。
そんな彼。
今では隣で一緒に過ごす人です。
色んな縁が繋いでくれて、紡いでくれて未来(いま)がある。
無防備な笑顔が私を捕えた。
「どしたの?」
「うーんと、しあわせだなって思いました」
彼の目を見てそう答えると、彼は少し視線を逸らしたあと、私を優しく抱きしめてくれた。
おわり
五五九、時を紡ぐ糸
この前、恋人から見せてもらった紅葉の写真。
雲ひとつない青の中に、燃えるような赤い色の山々は今の季節にしか見られないもので、とても惹かれたんだ。
本当は一緒に見たかったと言ってくれたのが、一層嬉しくなる。
だから仕事仲間に紅葉がきれいなところを聞いて実際に歩いてみていた。
彼女が見せてくれた赤い道ではなく、黄色い落ち葉が絨毯のようだった。
きれいな道だなぁ……。
視界にぼんやりと入れた瞬間にそう考える。
すると、彼女に見せたいって思って、自然とスマホで写真を撮っていた。
ああ。
彼女もそう思って撮ってくれたんだな。
それが嬉しくて、胸が暖かくなった。
おわり
五五八、落ち葉の道