【夏の忘れ物を探しに】

「ほんとーにあるの？」
あたしの質問を無視し、彼は山道を歩き続ける。
低い草木が浴衣越しに肌を刺し、サンダルを履いた足は土に塗れた。
夏の忘れ物を探しにいってくる。
祭りの途中でそんなことを言った彼を不思議に思って着いてきたけど、失敗だった。
「あった」
彼が見つけたのは今にも朽ちてしまいそうな小さな祠で、あたしは怒りを通り越して呆れた。
こんなもののためにここまで歩いたなんて。
彼は静かに祠を開けた。
中になにか入っているのかと覗き込み、ドンッと背中に衝撃が走った。
「え？」
あたしの体は前のめりになって、祠の中に、吸い込まれて。
気付けば目の前に闇が広がり、振り返ろうにも体は動かなくて。
夏の忘れ物って、祠への生贄ってこと？
そう聞きたかったけど、あたしは。

【8月31日、午後5時】

8月31日、午後5時。
夏休みの宿題はまだ終わっていない。
日記25ページ、課題38ページ。
読書感想文、自由研究。
30日かけて終わらなかったものが、
果たして数時間で終わるかどうか。
神様、もしいるなら、
8月32日をください。

【ふたり】

ふたりでいればなんだってできた。
遊びも宿題もどこかに行くことも。
ふたりでいればなんだって笑えた。
苦しことも悲しいことも。
ふたりでいれば。
「もう一緒じゃないから」
どうして、どうして？
「いいかげん、大人になれよ」
なりたくない、ふたりじゃないなら。
「うざ」
待って、行かないで。
嫌だ、離れちゃ。
それならいっそ、ここで。
しんじゃえ。

【心の中の風景は】

その男は数え切れないほどの人間を殺した。
化け物だと恐れられていた。
それなのに彼の心の中の風景は美しかった。
「最後に言うことはあるか？」
処刑の直前、彼に聞いた。
「英雄も戦争が終われば重罪人か」

【夏草】

「夏草やつわものどもが夢の跡」
「なにそれ？」
「昔の人が言った言葉」
「どういう意味？」
「成績最下位のアタシが知ってるとでも？」
「……なんか、ごめん」
「そんなふうに謝られると惨めになるわ！」
「大丈夫だよ！ 頭が悪くても強ければ正義っしょ」
サチは笑って、アタシも笑う。
国が欲しいのは学力じゃない。
戦争に勝てる、戦力だ。
明日には死ぬかもしれなくても。
この瞬間だけは。