「きれい……」あなたがそう口を零す。その言葉に上を見ると、そこには春のお花が彼女の言う通り綺麗に待っていた。「……えっと、こういうの、なんて言うんだっけ」ん〜と口元に手を当て唸り出すあなたに、私も揃って口元に手を当てる。「なにかな……」「なんだろう……」私の方が難易度高いと文句は言わない。こういう一緒に悩む時間も大好きだから。「……あっ!」思いついたように表情を輝かせ、あなたは口にする。口元に当てていた手は人差し指だけ上げて、後は握り込まれていた。「春爛漫、って言うんだ!」「……春爛漫?」「そう! こんな景色のこと、そう言った気がする!」ニコニコと、嬉しそうに笑んでいるあなたがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。あなたは私の顔を覗き込むようにして顔を見上げ、そして笑った。「……これからも、この春爛漫の季節を、あなたと迎えられたら嬉しいな」……そんな嬉しい言葉を告げられてしまえば、返すべき言葉などたった一つだけだ。「……私もだよ」「……! へへっ」返事をすると彼女は一層嬉しそうに顔を綻ばせる。……そんなあなたの表情をこれからも見ていたい。その思いも込めながら、私も頬を緩ませていた。
七色に輝くそれは、虹、と言うらしい。おねえさんが教えてくれたそれは、空に薄らとかかっている。雨が無くなると見えるそれは、なんとなく、眩しいような気がした。そして同時に、心が温かくなるような気がして。「わたしって、おかしい?」横に立っていたおねえさんに聞けば、おねえさんは眩しそうに目を細めて口にする。「おかしくないわ。それが普通よ」「ふつう……普通……そっかぁ」なら、よかったぁ。そう口にしたわたしを、おねえさんが眩しそうに、けれど嬉しそうに見つめる。おねえさんが喜んでるなら、尚のことよかったかな。そんな言葉は口から出なかった。
ふとその名前を見つけた時。私の脳裏に走る何かがあった。けれどその何かがどういうものかまではわからない。ただ脳に、一一恐らくは記憶に。何かが訴えかける感覚しか分からなかった。しかし私の口からは思わず言葉が漏れ出す。「一一よかった」何が良かったのか? そんなこと、何も分からないけれど。頬を伝う雫があることに気づいて、きっと、本当に良かったことがあったんだろうなと。そこで思考を閉ざしてその場を離れた。
「もう二度と、あなたとは会いたくない」そう告げた君はただ苦しそうに顔を顰めていた。「……どうして?」浮かんだ言葉は色々とあったはずなのに、結局その疑問だけが口から漏れ出す。君はただ静かに、けれど苦しそうに言った。「……あなたを、不幸にしたくないから」君はそう言って離れていく。伸ばした手は届いたのに。君は振り払ってしまった。「……さようなら」告げた言葉に、遠ざかる背中に。僕は、何も出来なかった。これ以上何かを言い募ることは出来るけれど、結局それだけが事実だった。--君のいない、春が来る。君の姿は、もうどこにも見えなかった。
目を覚ましカーテンを開けたそこには、どこか暗い雰囲気の街並みが見える。どうやら今日は曇りらしい。天気予報を見れば案の定そこには雲のマークがあって、少しだけ心は薄暗くなる。そこでパチンと、頬を叩いた。今日は、好きなことをしよう。出かけるのは少し面倒くさいから、家で過ごせることをして。冷蔵庫には何が入っていただろうか。先日買い物に行ったばかりだから、きっと作れるものは沢山ある。朝ご飯を作って食べて、そしてココアでも入れてみようか。それも終われば部屋に引きこもって。まだ読み途中の本があったから、その本と、あとはまだ読んでいない本を持ってきて読んでみようか。気持ちがどんよりと曇ってしまいそうな日でも、工夫次第で楽しくなる。それを、証明してみようじゃないか。