冬へ
冬に向けての大掃除。
落ち葉をかき分け、寝床を作る。
秋の間にどんぐり集めて。
土の中はポカポカと湿って。
次の朝日を拝むまでの永い眠り。
寒さとの戦いはこれから始まる。
君を照らす月
夜道を歩き続けて、ようやく辿り着いた。道中、車が故障してしまったときは焦ったが、なんとか屋敷に着いた。
自分だけの新しい城だと思うと、胸が高鳴る。必死に稼いだ金を自分の好きなことに使えるのだ。興奮して何が悪い。という感じに、誰もいないのにぶつぶつと独り言を言うのも悪くない。
さあ、前触れはこんな感じで良いとして、中に入ろう。しかし、広い屋敷だなと感心してしまいそうだ。だが、何かが出そうな雰囲気だ。何かと幽霊が苦手なのに、なぜこんな広い屋敷に一人で来ようなんて思ったのだ。と、文句を言い、一つ一つ部屋を見て回った。
「あ。」
ある部屋の扉を開けた途端、椅子が勝手に動いた。全身に鳥肌が立った。急いで扉を思いっきり閉めた。ありきたりすぎる仕掛けに思わず笑ってしまう。
「そんなわけ…ないよな。うん。ないはず。ハハハ。」
冷や汗をかき、確認のためにもう一度扉を開けてみた。すると、長い黒髪の女性がいた。これはもう、はっきりしすぎている…。
「ギャー!」
と、大声で叫ぼうとした。が、幽霊が人差し指を口に当てて、「静かに」とジェスチャーをしたので、叫ぶに叫べなかった。
幽霊が手でこっちに来い、と呼ぶので恐る恐る幽霊の隣に行った。窓の外には大きな三日月が見えた。どこの部屋から見ても、ここまで大きな月は見えなかった。この部屋だけ、こんなに大きく見えるのかと感心してしまった。
ふと、幽霊の方に視線を向けると、とても美しく、触ったら壊れてしまいそうな肌で、月を見ていた。月の光が差し込んでいるからか、まるで人間のようだった。
木漏れ日の跡
木漏れ日を見て思い出す。誰かの影法師が重なり、影が笑っていたり、泣いていたり。光と影が織りなす様々な表情は、知っている人の顔に見えたりする。
ささやかな約束
「小さい頃の約束など覚えていない。」
それはどんな時、どんな内容であっても絶対に覚えていられるという確証などない。その時の約束がどんなに大切であったとしても。
そのせいか、どうしても思い出せない約束がある。名前も顔も覚えていない、本当に小さい頃の約束。それは大切な約束だったと思うのに、何の約束なのかが分からない。その約束と同時に、約束した相手のことも大切だった。
その一瞬の約束でさえ、最初は気まぐれだったり、興味半分だったのかもしれない。それでも、時間が経てば大切な約束へと変わっていく。
あの時、私と約束した相手はたぶん気まぐれだった。それでも、あの人は私を選んだ。私の顔を瞳に映して、真剣な表情で。
それなのに、私は約束の時間に行ったのか、行かなかったのかも覚えていない。いや、きっと行っていない。そんな気がするのだ。それに、その約束の時間を記した紙でさえ、どこかに消えてしまった。あれは、大切な約束だったのか、大切じゃなかったのか今ではもう分からない。
ただ、今ではあの約束の内容も相手の顔も知りたいと思っている。だからきっと、今の私だけの大切な、ささやかな約束なのだろう。
一輪のコスモス
母にコスモスを送ったことはまだない。母の日、もしくは秋になるとふと何か贈ろうかと考えることがある。しかし私は母にコスモスを渡す勇気がない。
母の日といえばカーネーションだが、私にとってはコスモスなのだ。カーネーションはとても華やかな花だが、どこか自分の中の母のイメージと違うように感じる。もっと落ち着いていて安心できる、そんな花が似合うと思うのだ。それが、コスモスだと思っている。しかし、コスモスは春には咲いていない。だから、いつも諦めてしまう。
だが、去年の秋にコスモスを母に贈ることができた。学校の授業で紙を使ってコスモスを作る課題が出た。絶対にうまく作ってやる!そう、意気込んで真剣に取り組んだ。
とても満足のいく作品に仕上がった。それを、学校の行事で展示し、見てもらうことができたのだ。とても嬉しかった。これが、母に贈った最初の一輪のコスモスだ。