いつもの丘の上で。
この思いのように静かに雪は降り積もり、
来た時より深い足跡を残す。
2人寄り添っていた足跡は、帰りは1人分で。
離れていった彼女を追いかけるように、
足跡に自分の足を合わせて帰路を辿る。
少し横道に逸れて、バーの扉を叩く。
クラシックが流れる静かな店内に、
私のことを待っていたかのようにマスターがいる。
目が合ったマスターは1人なのを見ると、
何事も無かったように元の作業に戻った。
店内を軽く見回したが、誰もいないようだ。
私はいつものようにマスターの目の前に座る。
「おすすめで。」
マスターから少しため息が聞こえた気がした。
「なにかあったんですか。」
そう言いながら、冷蔵庫のようなところからグラスごとカクテルを取り出す。あまり頼んだことのないものだ。
「モスコミュールです。意味はお分かりでしょう?」
ハッとして店内をよく見回す。奥の席に誰かが座っている。服が壁の色と似ていて気づかなかったようだ。
「あちらのお客様からです。」
マスターがその人を指して言った。
「……じゃあマスター、私からあの人に。」
彼女とここで初めて会った時の思い出のカクテルを頼む。
マスターが彼女にカクテルを渡したのを見届けてからしばらくして。
『となり、いいですか?』
店の端っこにいた彼女が声をかけてきた。
「ええ、いいですよ。」
今度こそは、彼女を大切に。
12/21/2025, 5:36:21 PM