「凍てつく鏡」
「B11-09番、さっさと歩け!」
今日も罵声が響き渡る。
殴られた傷がじんじん痛む。
苦しい。
苦しい。
でも
僕は大丈夫。
割れかけた手鏡をそっと撫でながら、そう呟いた。
「あら、綺麗な髪ね
あなたも一人なの?」
それが、姉に話しかけられた最初の言葉だった。
寒い冬の夜だった。
路地裏のガラクタの山の隅で、僕らは出会った。
「僕みたいなおかしないきものに話しかけるの?
僕は普通の子と違うんだよ?
だれからうまれたのか、なんでここにいるのかわか
んないもん
それに、、、ほら!」
僕は自分の髪で小石をつまんで見せた。
「これは人間ができちゃいけないことなんでしょ?」
あの時僕は、周りのもの全てが怖かった。
僕と同じ存在がどこにもいなかったから。
でも。
「あら、それなら私もできるわよ?」
あの子は、平然とそう言ったっけ。
言葉が出なかった。
初めて会った自分と同じ存在に、
今まで会った孤独感を一気に蹴っ飛ばされたような
そんな気持ちになったから。
「そんなことはいいわ
私についてきて!」
そういってあの子は、ぽかんとしている僕の手を掴んで、一気に駆け出した。
ついた先は、ガラクタの中に隙間を開けて作った小屋のようなところだった。
「そこに座って!」
僕は、従うしかなかった。
あの子の目が、ボロボロの体からは想像もつかないくらいに、輝いていたから。
「いい子ね
すぐ終わるから、じっとしていてね
これをこうして、、、と
はい、出来上がりよ!
どう?素敵かしら?」
そういって、僕に手鏡を渡してきた。
綺麗だった。
そこには、伸び切った髪を綺麗にまとめた、
僕とは思えない僕がいたから。
「私とお揃いよ!
それと、あなたもここで暮らすといいわ
お揃いの力を持って、お揃いの髪型をした私たちな
ら、きっといい兄弟になれるもの」
兄弟。
今までに聴いたことのないような、美しい響きをしていた。
それになりたいと思った。
今この瞬間。
この子と。
永遠に。
だから僕は、自然とそう呟いていた。
「よろしく、お姉ちゃん!」
目が覚めた。
「またこの夢か、、、」
僕はどうやら、殴られて気絶していたらしかった。
もう一度鏡を見る。
そうだ
僕たちの夢は叶わなかった。
二年前、この研究所の人がやってきて、力の使える僕たちを連れていこうとした。
行きたくなかった。
姉とずっと一緒にいたかった。
でも。
姉は殺された。
逃げようと抵抗した僕を庇って。
冷たくなっていく体を
鮮やかだった髪が色褪せていく姿を
僕は鮮明に覚えている。
「B11-09番!起きたならさっさと動け!!」
また声が聞こえる。
鏡を撫でる。
鋭くなった部分に置いた指先が
赤く
鮮やかに染まる。
もういいや。
髪留めをほどく
あなたのいない世界なんていらないから
あなたが綺麗といってくれたこの髪で
全部
全部
壊してしまおう
僕は、
踊るように足を踏み出した。
どれくらい時間が経っただろうか
あたりには、血に染まった瓦礫と、
たくさんの死体
それだけだった。
やっとだ
やっと仇を打つことができた。
これで僕も
姉のいる場所に行ける。
鏡を懐から取り出す。
お姉ちゃん
もうすぐ逝くからね
一人にさせないからね
鏡を覗き込む。
そこには、あの日の僕はいなかった。
髪を結ってもらった、あの日の僕はもういない。
ここにいるのは、
大切な人からもらった髪で人をたくさん殺した
ただの汚い大罪人だった
本当は苦しかった。
この髪で誰かを傷つけたくなかった。
姉がそうしたように
そっと抱きしめていたかった。
でも
それがもうできないのなら。
「しっかりけじめをつけないとね」
鏡の尖った部分を髪で持つ。
首に押し当てる。
呼吸を整える
大丈夫
大丈夫
怖くなんてない。
僕は、寒さで凍りついた鏡で
そっと
だけどしっかりと
首を切り裂いた。
痛い。
痛い。
寒い。
苦しい。
『ユウ、よく頑張ったわ
もう痛くないからね
一人にしてごめんね
もう大丈夫
ずっと一緒よ。』
懐かしい声が
聞こえた気がした。
少年は生き絶えた。
血塗られ
凍てついた鏡を抱いたまま。
その鏡には
お揃いの髪型をして
幸せそうに歩く二人が
ぼんやりと写っていた
12/28/2025, 6:20:27 AM