桜井呪理

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12/28/2025, 6:20:27 AM

「凍てつく鏡」

「B11-09番、さっさと歩け!」

今日も罵声が響き渡る。

殴られた傷がじんじん痛む。

苦しい。

苦しい。

でも

僕は大丈夫。

割れかけた手鏡をそっと撫でながら、そう呟いた。




「あら、綺麗な髪ね
 あなたも一人なの?」

それが、姉に話しかけられた最初の言葉だった。

寒い冬の夜だった。

路地裏のガラクタの山の隅で、僕らは出会った。

「僕みたいなおかしないきものに話しかけるの?
 僕は普通の子と違うんだよ?
 だれからうまれたのか、なんでここにいるのかわか 
 んないもん
 それに、、、ほら!」

僕は自分の髪で小石をつまんで見せた。

「これは人間ができちゃいけないことなんでしょ?」

あの時僕は、周りのもの全てが怖かった。

僕と同じ存在がどこにもいなかったから。

でも。

「あら、それなら私もできるわよ?」

あの子は、平然とそう言ったっけ。

言葉が出なかった。

初めて会った自分と同じ存在に、

今まで会った孤独感を一気に蹴っ飛ばされたような

そんな気持ちになったから。

「そんなことはいいわ
 私についてきて!」

そういってあの子は、ぽかんとしている僕の手を掴んで、一気に駆け出した。


ついた先は、ガラクタの中に隙間を開けて作った小屋のようなところだった。

「そこに座って!」

僕は、従うしかなかった。

あの子の目が、ボロボロの体からは想像もつかないくらいに、輝いていたから。

「いい子ね
 すぐ終わるから、じっとしていてね
 これをこうして、、、と
 はい、出来上がりよ!
 どう?素敵かしら?」

そういって、僕に手鏡を渡してきた。

綺麗だった。

そこには、伸び切った髪を綺麗にまとめた、

僕とは思えない僕がいたから。

「私とお揃いよ!
 それと、あなたもここで暮らすといいわ
 お揃いの力を持って、お揃いの髪型をした私たちな 
 ら、きっといい兄弟になれるもの」

兄弟。

今までに聴いたことのないような、美しい響きをしていた。

それになりたいと思った。

今この瞬間。

この子と。

永遠に。

だから僕は、自然とそう呟いていた。

「よろしく、お姉ちゃん!」





目が覚めた。

「またこの夢か、、、」

僕はどうやら、殴られて気絶していたらしかった。

もう一度鏡を見る。

そうだ

僕たちの夢は叶わなかった。

二年前、この研究所の人がやってきて、力の使える僕たちを連れていこうとした。

行きたくなかった。

姉とずっと一緒にいたかった。

でも。

姉は殺された。

逃げようと抵抗した僕を庇って。

冷たくなっていく体を

鮮やかだった髪が色褪せていく姿を

僕は鮮明に覚えている。

「B11-09番!起きたならさっさと動け!!」

また声が聞こえる。

鏡を撫でる。

鋭くなった部分に置いた指先が

赤く

鮮やかに染まる。

もういいや。

髪留めをほどく

あなたのいない世界なんていらないから

あなたが綺麗といってくれたこの髪で

全部

全部


壊してしまおう

僕は、

踊るように足を踏み出した。









どれくらい時間が経っただろうか

あたりには、血に染まった瓦礫と、

たくさんの死体

それだけだった。

やっとだ

やっと仇を打つことができた。

これで僕も

姉のいる場所に行ける。

鏡を懐から取り出す。

お姉ちゃん

もうすぐ逝くからね

一人にさせないからね

鏡を覗き込む。

そこには、あの日の僕はいなかった。

髪を結ってもらった、あの日の僕はもういない。

ここにいるのは、

大切な人からもらった髪で人をたくさん殺した

ただの汚い大罪人だった

本当は苦しかった。

この髪で誰かを傷つけたくなかった。

姉がそうしたように

そっと抱きしめていたかった。

でも

それがもうできないのなら。

「しっかりけじめをつけないとね」

鏡の尖った部分を髪で持つ。

首に押し当てる。

呼吸を整える

大丈夫

大丈夫

怖くなんてない。

僕は、寒さで凍りついた鏡で

そっと

だけどしっかりと

首を切り裂いた。

痛い。

痛い。

寒い。

苦しい。

『ユウ、よく頑張ったわ
 もう痛くないからね
 一人にしてごめんね
 もう大丈夫
 ずっと一緒よ。』

懐かしい声が



聞こえた気がした。


少年は生き絶えた。

血塗られ

凍てついた鏡を抱いたまま。

その鏡には

お揃いの髪型をして

幸せそうに歩く二人が



ぼんやりと写っていた





 















 

12/4/2025, 2:45:00 PM

「秘密の手紙」



秘密の手紙を

あの子と埋めた。

いつかここから抜け出すんだ

こんな脱走じゃなくて、完全に自由になるんだ

なんて笑って。

二通の手紙を瓶に入れて、

木の下に埋めたんだ。

いつかここから抜け出せたら、

また二人でここに行こう。

その時

お互いに宛てた手紙を開けよう。

実験室に連れ戻されて殴られた後、

そう言って指切りしたよね。

でも。

そんな約束は、叶わなくて。

ねえ、僕は大人になったよ。

あそこからも抜け出せたんだ。

君はなんで死んじゃったかなぁ。

僕も一緒がよかったのに。

ねえ、二人一緒じゃなかったの?

あの日の手紙は、

まだ開けられないまま。

今日も、約束は果たせない。

一生開けることの叶わない、

秘密の手紙。



12/3/2025, 3:24:14 PM

「冬の足跡」

あるところに、小さな小さな森があった。

人なんてだあれもいない、

ひっそりとした場所。

そのなかに、せんねんも生きたクスノキがいた。

クスノキはずっと一人だった。

あの日までは。


ある日の夜、

普段感じたことのない気配で目が覚めた。

根本に何か重みを感じたクスノキは、自分の根元を見下ろした。

そこには

小さな女の子が眠っていた。

両親に捨てられたのか、どこからか逃げてきたのか

わからなかった。

女の子は目を覚まし、クスノキを見て笑った。

その日から、クスノキは一人ではなくなった。

根本にはいつもあの子がいる。

自分に話しかけてくれる。

それがどんなにうれしかったことだろう。

そして何より。

クスノキは、女の子の足音が好きだった。

あの枯葉を踏む音。

冬の足音とも言えるあの音が、クスノキは大好きだった。

でも。

あの子は死んでしまった。

あの日、女の子はクスノキに登っていた。

その時。

強い風が、女の子の痩せた体を吹き飛ばしたのだ。

クスノキは必死で腕を伸ばしたが、

届かなかった。

女の子は地面に落ちた。

ぐしゃり、とつぶれる音を、

クスノキは何もできずに聴いていた。

ある夏のことだった。






今年もクスノキの葉は落ちる。

でも。

あの音が聞こえない。

冬の足音が

あの子の声が。

クスノキにも、冬は来なかった。

女の子のいないこの森では、生きる気がしなかったのだろう。

今日、雪が降った。

凍りついて枯れたクスノキと女の子は、背中合わせで佇んでいた。

冬の足音が聞こえないまま。

ずっと

ずっと







12/2/2025, 3:51:21 PM

「贈り物の中身」

贈り物。

大切で

柔らかくて。

その中には、優しさそのものが入っているのだと。

そう、思うのだ。



僕は天使だ。

いや、正確にいうのならば

天使になりたい死者

というべきだろうか。

僕には姉がいた。

親が早々に死んでしまった僕にとって、信頼できたのは、姉だけだった。

ずっと大好きだった。

ずっと、一緒にいられると思っていた。

ああ

なんであの日、

僕はお姉ちゃんの言うことを聞かなかったんだろう。

あの日は、姉と珍しく喧嘩した日だった。

孤児院でもらったご飯が食べたくなくて、

思わず蹴っ飛ばしてだめにしてしまったのだ。

食べ物を粗末にしてはいけないと僕を叱りながら、手を繋いで歩いていた

そんな姉が鬱陶しくて

思わず、手を引っ張って走り出してしまったのだ。

その先は、よく覚えていない。

猛スピードで突っ込んでくるトレックのブレーキ音

どこかに飛ばされる感覚

周りの人のざわめき

そして何よりも

姉が泣きながら、

僕の元に駆け寄って体を抱く姿。

姉の腕も怪我をして、真っ赤に染まっていたのに。

きっと痛いだろうに。

ごめんね、ごめんねと泣きながら僕を抱いていた。

大丈夫だよ、と

ごめん、と言いたいのに。

僕の口は開かない。

結局、僕は姉に抱かれたまま、

交差点の真ん中で生き絶えた。

それから僕は死者になった。

姉はずっと病室で泣いている。

ごめんね、ごめんねと泣いている。

ごめんは僕の方なのに。

会って謝りたいのに。

だから。

僕は天使になりたいんだ。

天使になって、姉を迎えに行きたかった。

もう苦しくないよ。

痛くないよと姉を救うのが、僕の望みだった。

でも。

どんなに願っても、

僕の背中に翼は生えちゃくれない。

泣き出したかった。

消えてしまいたかった。

どうしようもなくなり、目の前の砂を蹴り飛ばす。

「あれ、これは、、、」

砂の中から、四角い何かが顔を出した。
 
これは、、、録音機?

冥界録音機
これは死者から生者に想いを伝える録音機です。
大好きなあの人に、1人残したあの人に、言い忘れた最後のメッセージを伝えられます

冥界録音機?

つまりこれを使えば、

大好きな姉に言葉を伝えることが、、、。

でも。

僕はいったい何を言えばいいんだろう。

僕がごめんねを伝えることを、

姉は望むんだろうか?

喜んでくれるんだろうか?

その時

姉の一言が、

頭をよぎった。

『レイの歌声って、とっても綺麗
 あなたの歌があれば、どんな想いも伝わる気がする
 世界でいちばんの贈り物だわ』

そうだ

歌なら。

もう、僕の心に迷いはなかった。

すぐさま録音機のスイッチを入れ、

心の限りを歌に灯す。

僕の願いはただ一つ。

姉に生きて欲しい

幸せになってほしい。

それだけだから。



録音機を、姉の病室の窓にそっと置く。

これが僕の、人生で最後の贈り物。

その中の想いに、姉が気づいてくれることを

姉が幸せであることを願って

僕は、空に溶けていった










12/1/2025, 1:48:39 PM

「君と紡ぐ物語」

君と走る。

走る。

きっと、逃げられるはずだったのに。



君は僕のヒーローだった。

教室の隅で泣いていた僕を

消えてしまいたかった僕を

君は救ってくれたから

君は笑顔が素敵だった。

君の笑顔はひまわりが咲いたように眩しくて

しばらく目が合わせられなかったっけ

君は優しかった。

僕が君に告白した時

何回もつっかえてしまう僕を

優しく、笑顔のまま、

頷いて聞いてくれていた。

君は、そんな人だったんだよ。





「何か思い出した?」

「ううん、なにも、、、」

「そっかぁ、」

君は、変わってしまった。

今から一ヶ月前

居眠り運転の大型トラックが、
2人の男女に追突する事件が起きた。

その被害者が、僕たち2人だったらしい。

「悠人はその、私のこと以外に、何か覚えてないの?
 家族のこととか、自分のこととか、、、」

「わかんないなぁ〜」

何もわからない。

そう

僕たちは、

記憶喪失になっていた。

「ごめんね、全部忘れちゃって。
 悠人は私のことを覚えているのに。」

「そんなことないよ。
 だって僕は美空以外のこと覚えてないもん!」

力なく笑って、僕は答える。

美空は、変わってしまった。

昔みたいに笑わなくなって。

「ごめん、ごめんね。
 いっつも泣きたくなっちゃうの、記憶が戻らなかっ 
 たらどうしようって。
 家族からの連絡もないんだもん。
 ねえ、悠人の事だって、時々本当に事故の前から知       
 り合いだってのか、疑いたくなっちゃうの。
 最低だよねぇ、悠人は私のことを庇ってくれたの 
 に」

泣きじゃくりながら君はいう。

「大丈夫だって!
 そもそも僕だって家族からの連絡がないしさ。
 2人なら大丈夫!」

「悠人、、。
 ありがとう、いっつもいっつも私のことを慰めてく 
 れて、。
 でも、でも私のせいで悠人は、、。」

ああ、そんなこと気にしなくていいのに、と僕は思う。

あの事故以来、僕は右目を失った。

美空は自分を庇ったせいだと思ってるけど、きっとそんなことはないんだ。

僕は君の思うような綺麗な人間じゃないんだよ、きっと。

僕が事故の時に持っていた日記。

その中に書いてあった事実は、

受け入れ難いものだったのだから。

◯月△日
またお母さんに蹴られた
痛い痛い痛い痛い

◯月△日
クラスで泣いてたら美空って子が助けてくれた。
美空ちゃんも傷だらけだった。
お揃いだねって、笑ってくれた。
うれしかった。

◯月△日
いよいよ高校卒業の日。
やっとこの腐った場所から逃げられる。
美空も一緒だ。
今日の夜に家を出る。
きっと2人なら幸せだ。

めぼしい情報が書いてあるのは、だいたいこのくらいだろうか。

僕たちは決して思っているような人じゃなかった。

ただ幸せになりたくて逃げ出した、2人の少年少女だったんだ。

この事実を美空に伝えるわけにはいかない。

僕たちは、記憶がないんだから。

知らないままでいる権利があるんだ。

だから。

「ねえ美空。」

汚い事実を知るのは、僕だけでいいんだ。

「なぁに?」

「ここを退院したらさ、2人だけで過ごしてみようよ!
 いつまでも連絡のない親とか、自分たちの過去なん  
 て思い出さないで!」

「私達2人で、、?」

美空が戸惑ったような、それでいて希望を含んだような声を出す。

そう

これが僕の望むこと。

きっと記憶を失う前の僕がしたかったこと。

過去なんて知らない

これは僕たちだけの人生なんだから。

「それとも、僕と一緒にいるのが、そんなに嫌?」

僕は美空の手に指を滑り込ませて、意地悪く、でも優しく笑う。

「そんなことない!
 悠人とならきっと、きっと大丈夫。」

美空の表情が、変わった。

そう。

もっと笑顔でいいんだよ。

もう過去に縛られなくていいんだ。

せっかく忘れられたんだから。

せっかくやり直せるんだから。

でも

君が決心したなら、僕も決めなくちゃね。

そう思い僕は、日記に書き込まれたページを

思いっきり破いた。


これは僕らの物語。

誰にも邪魔はさせない。

今までのページは

人生は

全て破ってしまうんだ。

「でも、大丈夫かなぁ。
 全部忘れちゃっても、、、。」

そんな心配しなくていいんだよ。

「大丈夫!
 だってこれは
 2人で紡ぐ物語なんだから!」

僕は、美空の手を取った。













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