【終わらない問い】
琥珀のような月が道を照らしている。
自分とは何か。
男は、答えを探し続けている。
俳優として活動している男は、ひとたび舞台の上に立つと豹変する。
どんな役柄でも本当にこの世界に存在している人物のように振る舞うことができる。
昔から人に求められることを完璧に再現することができた。察する力が人より長けていたのだろう。
学生時代は優しく穏やかで、真面目で、何にも文句を言わない人畜無害な優等生を隙なく完璧に演じてみせた。
本当は、もっと年相応にわがままを言いたかったし、感情をそのまま表に出してみたかったが期待に応えるべく、押し込めるように蓋をした。
まあ、真面目なのは不真面目な方が性に合わなかっただけなのだが。
親も教師もそんな苦悩を知らずに、にこにこと良い子だの、将来が楽しみだのと勝手に宣っていた。
求められるままに生きてきたある日、授業で将来について問われた。
紙を前にペンを握りしめたが、手はぴたりと止まったままだった。
そこでようやく己が何者であるか、説明できないことに気がついた。
ここから先は早かった。
男は高校を卒業してすぐ、演技の世界に飛び込んだ。
当然、周囲の人間は落胆していたが、男にとってはそんなこと知ったこっちゃなかった。
思惑通り、俳優の仕事は男にとって天職だった。
演技は息を吸うようにできたし、何より演じることは他者の心の機微を知るのにぴったりだった。
しかし、演じれば演じるほど、役が己に溶けていく感覚に襲われることが増えていった。
今度の役は、刑事ドラマの犯人役だ。
自分を証明するために始めた仕事にも関わらず、ここ最近はいつしか役自体に取り込まれてしまうのではないかという不安感が付き纏っている。
自分は一体何者になってしまうのだろうか。
心の燻りから目を逸らした男は小さなため息を一つつき、歩みを進める。
いつの間にか月は雲に覆われていた。
10/26/2025, 4:21:34 PM