137.『伝えたい』『待ってて』『バレンタイン』
地獄にだって、バレンタインはある。
地上のものとは少し趣が違うが。
地獄では、チョコの代わりに石を贈り合う。
こんな地の底に、オシャレな物なんて存在しないからだ。
だから、そこら中に転がってる石を贈り合い、お互いの絆を確かめあう。
地獄の住人たちの、数少ない娯楽であった。
だがここは地獄、ロクデナシどもが集まる場所。
死んでも治らない馬鹿が一堂に会するバレンタインなんて、碌な結末になるはずがない。
ひそかに伝えたい思いがあっても、最終的には直接憎悪をぶつけ合うことになる。
『ダサい石を貰った』『他の奴に綺麗な石をあげていた』『お返しはそこら辺の石』『あげた石を、他のやつにあげていた』などなど、トラブルの種はあちらこちらにある。
普通の人なら耐えれることも、ここの奴らは我慢しない。
すぐに喧嘩が始まり、仲間を巻き込んで大乱闘になるのだ。
しまいには、贈り合った石を手にして殴り合う。
地獄のバレンタインは、血の雨が降るのである。
もちろんこの事態に、地獄の鬼たちは黙っている訳でない。
暴動が起きるや否や、鎮圧するために鬼は出動する。
しかし、一度火のついた亡者共は手に負えない。
毎回多大な犠牲を出しながら、亡者共を鎮圧するのだった……
☆
「と、いう訳でお前に命令だ。
バレンタインで暴動を起こさせるな」
目の前の鬼は、厳かに告げる。
頭が痛くなりそうな話を聞いて、俺は大きくため息を吐いた。
「それ、俺がやらないとダメ?」
そう言うと、鬼は厳めしい顔をさらに厳めしくして言った。
「それがお前の役目だ、人間よ」
俺はもう一度ため息を吐いた。
俺は詐欺の罪で地獄に落とされて早々、地獄の鬼どもに取り入った。
罰を受けるのが嫌だったので、管理者側に潜り込んだのだ。
信頼はされていないようだが、追い出される気配はない。
人手不足の地獄において、俺の『悪知恵』はそれなりに重宝するらしい。
だが……
「地獄に落ちる程の詐欺師だろ?
その口先でどうにかしろ」
詐欺師を魔法使いだと思っているのか、時に無理難題を押し付けられることがある。
なるほど、たしかに俺は鬼どもには出来ないことが出来る。
だが、それは人間相手であって、言葉の通じないケダモノには通用しないのだ。
「無理だ。
聞き分けがいい奴なんて、ここにいるわけないだろ」
「全くもって貴様の言う通りだが、なんとかせねばならん。
癪だが、必要なら我々を扱き使っても構わん」
「気合が入り過ぎじゃないか?
普通にバレンタインを禁止にすればいいだろ」
「それは無理だ」
真っ先に思い浮かんだ解決案、だが鬼はにべも無く却下した。
「長い間、本当に長い間検討されてきたのだが、いつも『存続』という結論になる」
「なぜ?」
「鎮圧は面倒だが、長い目で見ればこの行事は有用だからだ」
「飴と鞭か!」
「そうだ」
鬼は満足そうにうなずいた。
「地獄には娯楽の名のつく物はない。
退屈で苦しむのも、罰の一つであるからだ」
「しかし、罰だけでは効果は薄い。
すぐに慣れて、何も感じなくなるからだな」
「左様、だから罰だけを与えるのではなく、適度な娯楽を与えて心に余裕をもたせることにしている。
その余裕で自分を省みればそれで良し、そうでなくとも落差によってより深い絶望を与える。
だが暴動が起きると、鬼たちに被害が出る。
なんとかして、平穏な一日を終えたいのだ」
「なるほど、それなら禁止はしないほうがいいな」
出来れば禁止の方向で行きたかったが仕方がない。
俺は改めて打開策を考える。
この騒動は、『アイツが羨ましい』という感情が発端だ。
要は嫉妬。
人間の、最も面倒でありふれた感情だ。
だから解決策は格差を無くせば良いということなのだが、これが難しい。
個人的な意見だが、たとえ完全な平等を実現しても嫉妬は無くならないだろう。
それこそ全員が価値のない物しか持っていない限りは……
――待てよ。
「良い事を思いついた」
「ほう、聞かせてみろ。
上手くいかなくても恨みはしない」
「どんだけ追い詰められているんだよ、お前ら……
まあいいや、用意してほしいものがある」
俺は必要な物を鬼に伝えると、鬼は驚いたような顔で俺を睨んだ。
「そんなものでいいのか?」
「ああ、完全にトラブルは無くならないだろうが、かなりマシになるはずだ」
「それで構わん。
しかし信じられんな。
たったそれだけの事で、本当に暴動が起きないのか?」
「期待して待っててくれ。
キーワードは『プライスレス』だ!」
☆
バレンタイン当日。
鬼たちの懸念をよそに、地獄はとても平和だった。
多少の小競り合いこそあったものの、全体的に穏やかな一日であった。
「何をした?」
隣の鬼が、信じられないものを見る目で問いかけてくる。
いつも険しい顔をしている鬼が、困惑する様子は、いつ見ても面白い。
「入れ知恵したのさ。
気持ちを伝えるのに石を贈るのも悪くないが、もっといい方法があるとな」
「それはなんだ?」
俺は鬼が聞き逃さないように、はっきりと告げる。
「石に似顔絵を描けばいい」
鬼が目を丸くして俺を見た。
「なるほど、だから俺たちに『筆』を用意させたのか。
しかし絵にも巧拙がある。
新たなトラブルの種になるのではないか?」
「そこがミソさ。
石の美しさは、誰が見ても理解できる『客観的』なものだ。
しかし絵は違う。
その価値は極めて主観的で、絵の上手い下手だけでは決まらない。
下手な絵でも、贈られた側が『心を込めてある』と感じれば、値千金の価値を持つ可能性がある」
「なるほど。
当事者以外には価値を見い出すのは困難。
嫉妬の対象になりにくいということか……」
もちろん差は依然と残っている。
才能と言う名の、残酷な差が。
他者の才能に嫉妬する人間もいるだろう……
だが、それは目に見えない、非常に個人的な主観だ。
ほかの人間に共感されにくく、また興味のないものも多い。
小さなトラブルはあるかもしれないが、周囲を巻き込む暴動にならないと、俺は踏んでいた。
「……種明かしをされても、にわかには信じがたいな。
まるで詐欺だ」
「なんだ、知らなかったのか?」
俺は意地の悪い笑みを鬼に向けた。
「俺は詐欺師さ。
このくらい、朝飯前だ」
2/23/2026, 8:49:46 AM