❄️ 降り積もる想いの下で
雪が降り始めたのは、夕暮れの鐘が三度鳴った頃だった。
王都の外れ、小さな工房の灯りだけが、白い世界にぽつりと浮かんでいる。
工房の主――仮面師・ヨウジは、机に広げた白木の仮面をじっと見つめていた。
削りかけの頬、まだ形にならない瞳。
そのどれもが、胸の奥に降り積もった想いの重さを映しているようだった。
「……まだ、言葉にならないか」
呟いた声は、雪の静けさに吸い込まれていく。
この仮面は、ある少女のために作っている。
名をアサギという。
春の花のように笑うのに、心の奥には深い影を抱えていた少女だ。
彼女は言った。
「仮面がほしいの。私の本当の顔を隠すためじゃなくて、
私がまだ知らない“私”を見つけるための、鍵として」
その願いが、ヨウジの胸に静かに積もり続けていた。
削っても削っても、形が定まらない。
彼女の想いと、自分の想いが、どこで重なり、どこで離れていくのか。
それを確かめるように、彼は手を止めては雪を眺めた。
やがて、工房の扉が小さく叩かれた。
「ヨウジさん、起きてる?」
アサギの声だった。
雪の中に立つ彼女は、白い息を吐きながら微笑んでいる。
「……まだ、完成していないよ」
「ううん。見に来たんじゃないの」
アサギは首を振り、そっと工房に入った。
「あなたの想いが、どんなふうに降り積もってるのか、知りたくて」
その言葉に、ヨウジの胸がわずかに揺れた。
彼は仮面を手に取り、アサギに差し出す。
未完成のままの白木の仮面。
だが、アサギはそれを両手で包み込むように受け取った。
「……あたたかい」
「まだ形になっていないのに?」
「うん。
あなたが迷って、悩んで、考えて……
それでも私のために手を動かしてくれた時間が、全部ここにある」
アサギは仮面を胸に抱き、目を閉じた。
その姿は、まるで雪の中で祈る花のようだった。
ヨウジは気づく。
降り積もっていたのは、彼女の想いだけではない。
自分自身の想いもまた、静かに積もり続けていたのだと。
「……アサギ。
この仮面は、君の“鍵”になるだろうか」
アサギは目を開け、柔らかく笑った。
「うん。
でもね――
あなたの想いが降り積もったこの仮面は、
きっと私だけじゃなくて、あなた自身の扉も開けるよ」
その瞬間、工房の外で風が吹き、雪が舞った。
白い世界の中で、二人の影が寄り添うように揺れる。
未完成の仮面は、まだ名を持たない。
だがその白木には、確かに二人の想いが降り積もっていた。
そして物語は、静かに動き始める。
12/21/2025, 12:28:45 PM