〈雪の静寂〉
〈君がみた夢〉
「今日怖い夢を見たの。お父さんが真っ白な世界にいて、助けて、って言ってるのに私は何も出来なくって。」
朝起きると半分泣きそうになりながら娘が言った。彼女の父親は今日から少し遠くの市まで商品を売りに行くことになっている。きっとそれが心配でそんな夢をみてしまったのだろう。
「そうか。でも、お父さんは大丈夫だよ。すぐに帰ってくるからね。」
父親はそう言って娘を慰めると家を出た。
仕事が終わり馬車で走っているといつの間にか空は雲で覆われ、雪が降ってきた。あっという間に世界が白く染まる。やがて風も強くなってきて遂には前も見えなくなった。
方向感覚が失われていく。彼は一度馬を降りてここがどこか確かめてみた。木が多いのを見ると山の中らしい。困ったことに行く時に山は通らなかった。
彼は下山していると思われる方向に進む。しかし気がつくと見覚えのある木のところまで戻ってきてしまった。
途中どこかで馬車の音を聞いた。彼は助けを求めて叫んだが吹雪はその声をかき消してしまった。
ふと今朝娘が見たと言っていた悪夢のことを思い出した。彼は真っ白な世界で1人。助けを呼ぶがそれは届かない。
吹雪の音は長時間聴き続けたせいでもう音と認識することができない。
雪の静寂の中で、彼は酷く嫌な予感がした。
12/17/2025, 11:03:21 PM