ぽんまんじゅう

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12/17/2025, 11:03:21 PM

〈雪の静寂〉
〈君がみた夢〉


 「今日怖い夢を見たの。お父さんが真っ白な世界にいて、助けて、って言ってるのに私は何も出来なくって。」
朝起きると半分泣きそうになりながら娘が言った。彼女の父親は今日から少し遠くの市まで商品を売りに行くことになっている。きっとそれが心配でそんな夢をみてしまったのだろう。
「そうか。でも、お父さんは大丈夫だよ。すぐに帰ってくるからね。」
父親はそう言って娘を慰めると家を出た。

 仕事が終わり馬車で走っているといつの間にか空は雲で覆われ、雪が降ってきた。あっという間に世界が白く染まる。やがて風も強くなってきて遂には前も見えなくなった。
 方向感覚が失われていく。彼は一度馬を降りてここがどこか確かめてみた。木が多いのを見ると山の中らしい。困ったことに行く時に山は通らなかった。

 彼は下山していると思われる方向に進む。しかし気がつくと見覚えのある木のところまで戻ってきてしまった。
 途中どこかで馬車の音を聞いた。彼は助けを求めて叫んだが吹雪はその声をかき消してしまった。
 
 ふと今朝娘が見たと言っていた悪夢のことを思い出した。彼は真っ白な世界で1人。助けを呼ぶがそれは届かない。
 吹雪の音は長時間聴き続けたせいでもう音と認識することができない。
 雪の静寂の中で、彼は酷く嫌な予感がした。

12/15/2025, 9:07:49 AM

〈星になる〉
〈遠い鐘の音〉



 目の前の棺桶に自分自身が横たわっていた。真っ白な服を着て美しい花に囲まれて眠っている老いた顔は青白く、彼は自分が亡くなったことを知った。ということは自我を持って今ここに立っているこの存在は幽霊だろうか。そんなことをぼんやりと考えていると鐘の音が聞こえてきた。
 彼が生まれ育ったこの街には小さな一つの教会がある。かなり古くところどころ崩れてはいるもののこの教会は美しく、まさに神に祈りを捧げるのに相応しい場所だ。そして階段を登ったところには大きな鐘がある。決して明るい音色ではないが、その重々しい音を聞くと自然と粛然とした気持ちになり、心が浄化されたように感じる。
 最初の鐘の音が鳴り終わったとき、彼は自分の身体がフワフワと浮き上がっていくように感じた。彼はいつの間にか教会を離れ、星々が輝く宝石のような空に向かって登って行った。鐘の音が遠ざかるにつれて彼は自分の身体が熱くなっていくのを感じた。
 「人は亡くなったら星になる。良い人ほど明るい星になるのよ。教会の鐘は魂を空へと送ってくれるものなの。」
ふと昔母が言っていた言葉を思い出した。母は数十年前に亡くなった。母は良い人だったからきっと明るい星になっているのだろう。父や祖父母もそうに違いない。だが彼は家族たちと同じぐらい輝ける自信はなかった。
 遂に彼の身体が光出した。彼はもう星だった。ずっと自分は大したことが無い人間だと思っていた。しかしその光は真夏の太陽のように明るかった。
 「お疲れ様。よく頑張ったね。」
懐かしい声が次々聞こえてくる。彼は家族たちと共に光り輝きながら夜空へと昇っていった。遠くからはそれを見送るように鐘の音が鳴っていた。

12/11/2025, 11:00:57 PM

〈夜空を越えて〉



 静かな夜の公園で、1人の少年が望遠鏡で空を眺めていた。家の明かりが少なく、田んぼに囲まれたこの公園では星が綺麗に見える。宇宙に憧れがある彼は毎日のように望遠鏡を覗いていた。
 「何をしているの?」
いきなり背後から無機質な声が聞こえてきた。振り返るとさっきまでいなかったはずの知らない少女が立っている。
「星を見ているんだ。夜空を見るのが好きなんだ。」
戸惑いながらも少年は答えた。
「でも、そんな棒じゃ夜空の向こう側までは綺麗に見えないでしょ?夜空を越えてみたいとは思わない?」
彼女の顔はその声と同じように無機質で、どこか人間らしくないように感じられた。
「もちろん行けるものなら行ってみたいけど…」
「分かった。行きましょう。」
少年が答える間もなく、少女が指を鳴らす。気がつくと2人は宇宙船のような乗り物の中に居た。
「貴方の願いを叶えてあげる。その代わり向こうで人間の研究をさせてね。」
そこには少女の姿はなく、不気味な宇宙人が立っていた。
 すぐに宇宙船は離陸し、宇宙へと飛び立った。窓からは今まで地上から見てきた星々が間近に見える。しかし、恐怖のせいで夜空を越える旅は楽しめなかった。

12/11/2025, 7:33:15 AM

〈ぬくもりの記憶〉



 『第三の試練 ぬくもりの記憶を一つ捨てよ』
指示が書かれた石碑の前で、1人の冒険者が葛藤していた。彼は全ての願いを叶えてくれるという、伝説の結晶を探しに来ていた。それを手に入れる為には三つの試練を乗り越えなければならない。一つ目の試練はドラゴンと戦い、倒すこと。国でも一、二を争う剣術の持ち主である彼はこの試練を無傷で乗り越えた。二つ目の試練は謎解きだった。始めは意味が全く理解出来ず途方に暮れたが、頭を柔らかくして見方を変えると簡単に解くことができた。そして今、彼は最後の三つ目の「犠牲の試練」に直面している。
 彼には温かい記憶は一つしか無かった。それは孤児だった彼に親切にし、立派な騎士に育ててくれた王との記憶だ。今回結晶を探しに来たのも恩人である王に更に大きな権力を与える為だった。そのような大切な記憶を捨てる決意は中々つかなかったが、彼はようやく決心した。石碑に手を当て、目を閉じる。王との楽しい記憶を思い浮かべるとそれが次第にぼやけ、消えていった。冷たくなった胸に残ったのはこれまで王を信頼してきたせいで気が付かなかった、王の狡猾で残虐な記憶だけだ。彼は親切にされたように見せかけて、本当は利用されていただけだったのだ。
 すべてのぬくもりの記憶が消えると目の前の扉が開き、長年探し求めてきた結晶が出てきた。しかし彼は王の為に持ち帰るつもりだったそれに自分の願いを言った。
「俺を最強の王にしろ」

12/10/2025, 7:33:42 AM

〈凍える指先〉


 冷たい風が強い運動場で体育があったせいで、指が動かなくなってしまった。ボタンを止めるのに手間取りながらなんとか着替えた後、急いでポケットのカイロを握った。しかしその小さな袋は、私の指を温めるどころか私の手の冷たさでぬくもりを失ってしまった。息をするたびにメガネを曇らせながら、頑張って四階まで上がり辿り着いた教室は、換気をしていたので外に負けないぐらい寒く、私の指は余計に凍えてしまった。体育が6時間目で、もうペンを握る必要がないことが唯一の救いだ。
 やっとのことで家に着くと、誰よりも先に愛犬が迎えてくれた。甘えん坊の愛犬は私の帰宅があまりにも嬉しいらしく、耳が見えないくらいにひっくり返り、尻尾をぶんぶん振っている。靴を脱いで彼女の頭を撫でると、手をペロペロと舐めてくれた。愛犬と戯れているうちに凍えた指先はまたいつも通り動けようになった。
 どんなに凍えていても可愛い動物と戯れているといつの間にか温まってしまう。カイロや暖房や高い手袋よりも温めてくれる動物は偉大だな、と思う。

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