「誰よりも」
親が子を愛し、子が親を愛す。
世界の常識として語られている。
子供が出来たら、その瞬間から親になる。
大人という型から外れ、親という型にはまるのだ。
子はいつしか大きくなり、成長する。
その成長のスピードは驚くほど早い、しかしその過程は苦痛と困難の連続だ。
人生は「山あり谷あり」と言うが、実際は「山」などなく、殆どちいさな「坂」だ。登ればまたすぐに落ちる。
それを繰り返して人はいつしか大人になる。
それは突然で唐突だ。
手本なんてない、練習すらない。予告すらないのだ。
ある日突然、「お前はもう子供じゃない」と宣言されるのはある種の罰のように思える。
親もそうだったのに、何も知らぬ子供はそうかんがえる。
そしてこの子供は大人になるのだ。
あぁ、あっという間だったなと他人事のように言うのだ。
大人になると人間は子供の頃の自分とは別人になる。
そして、大人が親になると、またこれの繰り返しだ。
一定のリズムで繰り返されるこれは、世界の常識として覆ることはない。なかったのだ、今までは。
このリズムが崩れ始めたのだ。
女と男が愛し合うという常識や、親子の愛し愛されの関係から抜け出し始めたのだ。
それが幸福なのか、はたまた不幸なのかは定かではない。その正確な数値を求めるには、我々は遅かったのだ。
自由を求めるには不自由という足枷をつけられる。
差別、迫害、偏見、それらの妨げを耐え続けた者にのみ自由は与えられる。
◇◇◇
「というのを、本で読んだんだ。どう思う?」
コイツはいつもこうだ。急に押しかけて来て、茶を要求して何時間も居座る。「帰れ」と言っても聞かない。
「子供か」と嫌味ったらしく言えば、目を丸くしたかと思えばフッと笑う。
凄い腹が立つ。殴るぞ。
「どう、とは?というか、来るなら言えと何回言えばお前は分かってくれるんだ?」
「まぁ、もういいだろ。お前も慣れたろ?」
ぶん殴ったろかコイツ。
そんなことを思いながら、インスタントコーヒーを入れたカップの中にお湯を注ぐ。湯気がゆらゆらと立つのを見ながら、ふと考えてみた。
「常識だ、なんだ、随分気難しそうな作者じゃないか。そんなのに囚われるから、文字書きは早死するんじゃないか?論文書いてみようかな」
そう言いながら突然の来客者にコーヒーを渡す。
「相変わらず変な着眼点だなぁ」
眉を上げてコーヒーをすする。アチッと言って口を押さえた。火傷したか。ざまぁみろ。
「じゃ、お前は『常識』から抜け出すことが幸せだと思うのか?」
口を押えたまま、話を続ける気のある彼を見る。
真剣さはなく、ただの雑談らしい。良かった、今日はもう頭を使いたくないんだ。疲れてるから。
「別に、そういう訳で言ったわけじゃない。
ただ、世の中の常識と規則を一緒くたに考えるのはあまりよくないと言っただけだ。」
「『常識』と『規則』を?似たようなものだと私は思うけど。まぁ、確かにそうかもしれないな。」
「そうだろ?
例えば、人を殺すことは常識からも規則からも逸脱している。だが、仮にその殺人者にやむを得ない事情があったらどうなる?親を殺されたとかかな。
常識は人の心で何にでも姿を変えるんだ。」
「規則は心のないロボットだって例えるんだろ?」
「そうだが?」
「やった、当たった」
「子供か」
「大人だよ」
「見れば分かるよ」
「で、結局、この本の感想は?」
「“頭の固い人間が世界を語るべからず”」
「その通り過ぎて私何も言えない」
「じゃさっさと帰れ。私も忙しいんだよ」
2/17/2026, 8:05:44 AM