119.『時を結ぶリボン』『振り積もる思い』『光の回廊』
私は今、宇宙人に攫われていた。
具体的に言うと、UFOの謎のビームで引き寄せられている。
光の回廊にも見える謎のビームは、重力と私の意思を無視し体を宙へと浮かせていた。
でも、私の心に焦りはない。
なぜなら自分から攫われに行ったからだ。
もちろん理由はある。
宇宙人に会うためだ。
私は子供のころから、異常なほど宇宙人に執着していた。
ありとあらゆる文献を読み漁り、目撃情報があれば現地に飛んでいく。
どんなに信憑性の無い情報でも、一縷の望みをかけて確かめる。
私の青春は、宇宙人に捧げたのだ。
けれど、宇宙人はどこにもいない。
私はその度に落胆した……
――今の方法では、何時まで経っても宇宙人を見つけることは出来ない。
そう悟った私は逆転の発想をした。
宇宙人が見つからないなら、向こうから来てもらえばいい。
つまり、誘拐してもらおうと考えたのだ。
もちろん危険なことは分かっている。
宇宙人にも色々いるとは思うのだが、誘拐をするような奴らが友好的なわけがない。
もしかしたら、改造されるかもしれないし、死ぬより酷い目にあうかもしれない。
だけど子供のころからの降り積もる思いが、私を突き動かした。
宇宙人による誘拐事件を調べ上げ、誘拐しやすそうな人間を演じ――そして私は誘拐された。
ここまで計画通り。
あとは宇宙人と対峙し、あらかじめ用意していた改造スタンガンを突き付けてやるだけ。
そうすれば、夢だった『宇宙人の解剖』を叶える事が出来る!
そしてUFOを乗っ取れば、他の個体を騙して色々な人体実験――宇宙人体実験を行う事も出来る。
なんというロマン。
私は興奮のあまり、むせび泣きそうだった。
私は興奮冷めやらぬ状態で、UFO内部に引き込まれる。
私の目の前には、何も知らない宇宙人が一人。
これからどんな運命が待っているかも知らず、ニヤニヤと笑っている。
私は心の中で喝采をした。
ここから見る限り、コイツは私が何もできないと思って油断している。
今なら確実に仕留められる。
私は腰にあるスタンガンに手を伸ばす。
夢を叶えるまであと少し。
絶対に逃さない。
必殺の一撃をお見舞いすべく、宇宙人を注視した。
だが――
「痛っ!?」
突然腕をねじり上げられる。
驚いて振り向けば、そこは二人目の宇宙人。
目の前の宇宙人に気を取られ過ぎて、背後の伏兵にに気付けなかったのだ。
私は自分の迂闊さを呪った。
(罠にかかったのは私か……)
私は逃れようと身をよじるが、私を掴む腕は微動だにしない。
計算外だと焦っている間にも、一人目の宇宙人は少しづつ距離を詰めてくる。
スタンガンは手に取れず、脱出も叶わない。
絶体絶命の瞬間、一人目の宇宙人が、私に向かって手を伸ばす。
(もはやここまでか……)
私がすべてを諦めて目を閉じた、その時だった。
パシャ。
強い光と共に、妙に聞き覚えのある音が聞こえた。
前を見ると、宇宙人の手にはスマホのような機械があった。
何かを操作するたびに、謎の機械は光を放つ。
パシャ、パシャ、パシャ。
そして私を掴んだ宇宙人は、私の手をしっかりと握ったまま、機械が光るたびにポーズを変えていく。
まさか、これは……
「記念撮影!?」
私が呆気に取られている間にも撮影会は続く。
そして何十回もの撮影が終わったあと、用は終わったとばかりに宇宙人は手を離す。
私は咄嗟に距離を取るが、宇宙人たちは私には目をくれず盛り上がり始めた。
宇宙人語は分からないが、きっと『うまく撮れた』とか『大物だ』とか、そんな他愛のない話をしているのだろう。
私の事なんて、気に掛ける価値はない。
そういう態度だった。
だがこれはチャンスでもある。
油断している宇宙人にこのままスタンガンを押し付ければ、解剖できる宇宙人が二人に増える。
災い転じて福となす。
昔の人は良い事を言った。
私は気配を殺して宇宙人に近づく。
当初の計画とは違ったが、とりあえず目的は達成できそうだ。
さっきに気づいたのか、私の腕をねじった宇宙人がこちらを向いた。
そして何かを叫ぶ。
だが遅い。
私は体をバネにして飛び掛かった。
だが……
バコン。
突然、足元の床が無くなった。
またしても、宇宙人の罠だったのだ。
予想だにしなかった出来事に、私はなすすべもなくUFOの外に放りだされる。
無力な私はそのまま地面に叩きつけられると思いきや、謎のビームによってゆっくりと地面に落ちていき、気づけば無傷で地上に立っている。
驚いてUFOを見上げると、UFOの窓らしき所から宇宙人が顔をのぞかせていた。
その顔には、明らかな安堵の表情があった。
まるで、『怪我をさせなくてよかった』とも言いたげだ。
なぜ私を無傷で地球に返すのだろう?
意味が分からず呆然とする私。
そんな私を尻目に、UFOは音もなく飛び去っていた。
かと思うと、少し離れた場所で再び謎のビームを放ち、人のような物を吸い上げている。
私はそのまま眺めていたが、すぐにまた光が放たれ、人のようなものを下ろす。
そしてまた別の所に移動し、また謎のビームを放つ。
その動きを見て私は確信した。
宇宙人たちは、改造するために人間を誘拐したわけではない。
誘拐そのものを楽しんでいるのだ。
つまり……
「キャッチ&リリースだと……」
アイツら、人間を釣って楽しんでやがる。
なんて非道な奴らだ。
人間側の都合などお構いなしに誘拐し、用が済んだら捨てる。
最悪の愉快犯だ。
次に会ったら、地獄の苦しみを味合わせながら解剖してやる!
私が憤っていると、ヒラヒラと一枚の紙きれが舞い落ちて来た。
興味を引かれて手に取っていると、それは私と宇宙人のツーショット写真だった。
必死な形相で暴れる私、笑顔でポーズをとる宇宙人。
私が複雑な面持ちで写真を眺めていると、写真の下に何かが掛かれている事に気づく。
不慣れなのか所々間違えている日本語で、私宛のメッセージが書かれていた。
『広い宇宙で出会えた私たちの出会いの記録。
この写真が、生まれた時も場所も違う私たちを結ぶ、時を結ぶリボンとなりますように』
うるせえよバカ。
12/29/2025, 2:20:16 AM