藤月

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【そして、】

 もう一回!
 
 この言葉を聞くのは何度目だろうか。
 少女は、かれこれ三十分ほど目の前のクレーンゲームと格闘している。
 どうやら彼女には、一度夢中になると目の前のことしか見えなくなる悪癖があったようだ。お目当てのものが手に入るまで続ける気だろう。
 どうしてこんなことになったんだと、少し前のことに思いを馳せる。
 
 きっかけは今朝の登校中だった。
 放課後にゲームセンターに寄るのが日課の私は、先日獲得した黒いウサギのぬいぐるみキーホルダーを鞄につけて登校していた。
 あと五分ほどで学校に着くだろうという頃、後ろから呼び止められた。振り返ると、同じ制服を着た背丈の小さな女の子。清楚で大人しそうだなと思うと同時に、ふんわりとした長めの黒髪が印象的だった。

 学校に着くまでの時間、お互いを知るために言葉を交わす。
 まず、少女は隣のクラスの子だった。どおりで見かけたことのある顔だと思った。
 それから、突然話しかけたことを謝られた。私が鞄につけているウサギのぬいぐるみが気になって仕方なくてつい話しかけてしまったのだという。
 これまで一度も話したことはなかったが、見た目の印象と違ってころころと表情は変わるし、よく話す子だった。見てて飽きない。面白い。

「今度の放課後にさ、ゲームセンターに一緒に行ってみない?」
 
 もう少し仲良くなりたいかも、なんて思って口が滑った。
 この言葉を聞いた少女はきらりと目を光らせたあと、私の手を両手で包み込んでこう続けた。
 
 「行きたい!連れて行って!私の両親は厳しくて、一度もああいうところに連れて行ってくれたことがなかったの。だから、同級生とゲームセンターに行くのなんて夢のまた夢で…。」
 
 そんなことを言われてしまったら絶対連れて行くしかないだろう。
 放課後待ち合わせをして、まんまとゲームセンターに連れてきてしまったが、現在の少女の様子を見て早まったかなと若干後悔した。
 というか、両親厳しいなら門限とか大丈夫なのだろうか。不安になって念のため確認すると、今日は図書館で勉強することになっているらしい。抜かりないな。

 お目当ての台に狙っている景品があることを確認してお金を入れる。
 最初の数回は横で色々と教えていたのだが、自力で取りたいのだと言われてしまったので、今は大人しく斜め後ろから見守っている。
 初めてなのでやはり動きが拙い、狙いやタイミングを見定めるのも初心者には難しく感じるだろう。
 後ろに順番待ちがいないことは逐一確認してはいるものの長いこと台を占領してしまっているため、店員が横を通るたびにこちらをちらりと見ていく。
 中には手を貸そうとしてくれる店員もいたが、本人の気持ちを尊重して丁重に断っていた。

 とはいえ、このまま続けても景品の獲得は絶望的だろう。もうそろそろ止めるべきかと、話しかけようとした瞬間、少女が声を上げた。
 ようやく景品がしっかりと持ち上がったようだ。
 少女は喜びと期待のこもった目で景品を見つめている。あと少し、ほんの少し持ってくれ、2人は強くそう願った。
 獲得口のすぐ真上にアームが止まる。
 絶対いける!そう思った。しかし、白いウサギは獲得口の仕切りに引っかかって、よりにもよって一番取りにくい仕切りの真横に転がり落ちてしまった。
 そんなことがあっていいのか。運が悪いにもほどがある。

 ショックのあまり、少女はスカートが汚れることも厭わず床に膝をついている。
 2人して今度こそはという確信があったのにこの有様だ。絶望でしかない。
 慰めようと少女の肩に手を置くと、それを押し除けるように勢いよく立ち上がった。
 ここまでの格闘と執着ぶりを見てわかったが、少女はかなりの負けず嫌いでもあるらしい。
 少女は悔しそうにケースの中を睨み付けたあと、何度目かの言葉を口にした。

10/30/2025, 3:50:25 PM