運命

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夢を見ていた。三日月に座って釣りをしていた。何も釣るものはない。でもその状態がとても心地よかった。ずっとここが良かった。下には街が広がっていて、空には星々が灯りを放っていた。寝ているような夢を見ているような。布団に入っているように暖かく安心できる。まるで母親の腕の中で守られているような。
ここは何も焦ることがない。ただただ僕自身がここに居たいと思えるような空間そのままだった。何もかかるはずのない釣竿をしっかりと引く感触があった。それも結構な大物。思いっきり引っ張ると、終わりが見えない千羽鶴が反動でうねりながら釣り上がった。
「すごい」
ただただそう思ってしまった。
釣り上げた反動で千羽鶴から数十羽の鶴が散らばってしまった。集めようと手を伸ばすと鶴たちの方から僕の方へ近寄って来た。1羽が言った

「元気になってね」

もう1羽が言った

「良くなってね」と。

鶴たちは僕の周りを周回しながらそう言った。

「頑張って」

「また学校来いよ」

「学校楽しいよ」

「みんな待ってるよ」

「がんばれ。大丈夫。お母さんがついてるよ」
声の方を振り向くと、僕の左手を両手で握りしめている母の姿が見えた。母の頬から一筋の涙が見えた。僕の左手にその雫が落ちたときに、それに合わせるように周りの鶴たちが僕を囲った。全ての鶴が光を放ちながら僕に入り込んでくる。
 病室に飾られている千羽鶴が爆ぜると同じタイミングで、病床の僕が目を覚ました。
「おはよ」
僕がそういうと母は握りしめていた僕の左手を離して顔を涙で濡らしながらずっと抱きしめてくれた。何も言わずに一心不乱に。
“おかえり”
1羽だけ残っていた鶴がそう言ったような気がした。



12/19/2025, 12:44:32 PM