結城斗永

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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。
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タイトル『ガラクタの勇者(前編)』

 俺の名前はレン。ミユキがつくったこの『こころ』っていう世界で、一番の嫌われ者だ。
 空を見上げると、今日もミユキの気分を映したみたいな、ふわふわしたピンク色の雲が浮いている。街の広場じゃ、ミユキにとっての『理想の人たち』が、お行儀よくお茶を飲んだり笑い合ったりしている。

 アイツらは、ミユキが『こうだったらいいのにな』って願った、優しさだけでできたお人形だ。誰の悪口も言わないし、いっつもニコニコして。正直、見てるだけで反吐が出る。 
 俺みたいな、ボロボロのコートを着て、煤けた剣を持ってるガキは、アイツらにとっちゃ『綺麗な世界』を汚すゴミなんだろう。俺が街の端っこを歩くだけで、みんな一瞬だけ、嫌なものを見るような目で俺を睨んでくる。
「……ケッ。勝手に見てろよ」
 俺は唾を吐く真似をして、世界の隅っこにある物置小屋に引き返した。

 ここは、ミユキがもう見たくないものを詰め込んだゴミ捨て場だ。
 片目の取れたクマのぬいぐるみ、途中で描くのをやめたスケッチブック、友達に書いた手紙、それから……『正義感』の姿をした俺。

 こう見えても、俺も昔は人気者だったんだぜ。
 ミユキがまだ小学生だった頃、俺はキラキラの鎧を着たヒーローだった。ミユキが新聞紙の剣を振り回して、悪者退治の真似をすれば、俺も一緒になって大剣を振るった。
 ミユキが正義感から「そんなのダメだよ!」って勇気を出して言えば、俺の剣も太陽みたいに光った。あの頃は、俺がこの世界の主役だったんだ。

 だけど、あの雨の日のせいで全部ぶち壊しになった。
 友達が嘘をついているのを、ミユキは先生に教えた。正しいことをしただけなのに、次の日からミユキは『ヒーロー気取り』って呼ばれて、仲間外れにされた。
 ミユキはボロボロ泣いて、心に鍵をかけたんだ。
『正義なんていらない。正しいことなんて言わなきゃよかった』
 その瞬間に、俺の鎧は真っ黒に錆びて、俺はヒーローから『不幸を招く不吉なガキ』に格下げされたってわけ。
 
 俺は今、あの日ミユキが物置小屋に捨てたダッフルコートを羽織っている。それまではお気に入りだったのに、見るだけであの日を思い出すんだってさ。
 俺はぶかぶかのコートの袖をまくって、小屋の隅っこに座り込んだ。
 街で戯れてるアイツらは、今この瞬間も、ミユキが現実でどれだけ苦労してるか分かってない。アイツらは『楽しい妄想』だから、ミユキの辛い気持ちなんて理解できないようにできてるんだ。おめでたいよな。

 でも、俺には分かる。
 ミユキが辛くなると、あの雨の日みたいにコートの袖がじわじわ湿り始めるんだ。
 ほら、今もだんだんと空のピンク色が、ドロドロした嫌な紫に変わっていく。足の裏から、嫌な振動が伝わってくる。
「……チッ。また来やがった」
 俺は壁に立てかけてあった、錆びた剣を掴んだ。

 ミユキは今、会社かどっかで、誰かにめちゃくちゃなことを言われてるんだ。でも、ミユキは言い返さない。「すいません」って顔をして、心の中で俺を、この物置小屋の奥へもっと深く押し込もうとする。
『怒っちゃダメ。正義感なんて出しちゃダメ。笑ってやり過ごさなきゃ』
 ミユキがそう思えば思うほど、俺の小屋の扉には重たい錠前が増えていく。
 
 だけど、ミユキがどれだけ俺を消そうとしたって、無理なんだ。
 彼女の中に溜まった『嫌だ!』っていう気持ちが、黒い霧になって街に溢れ出そうとしてる。あのお人形たちじゃ、あんなの触れることさえできない。
 俺は一人で、ガラクタの山を蹴飛ばして外に出た。
 誰も俺を助けない。誰も俺に『ありがとう』なんて言わない。それどころか、俺が戦えば、ミユキは『どうして私はこんなにイライラしちゃうんだろう』って、また自分を嫌いになる。
 バカバカしいよな。嫌われ者の俺が、俺を嫌ってる主人のために戦うなんて。
「……さっさと終わらせるぞ」
 現実のミユキが飲み込んだ『怒り』が、もうすぐ目の前まで迫っている。あの真っ黒な魔物からこの世界の光を守れるのは、俺しかいない。
 俺は錆びついた剣を握り直し、目の前に広がっていく闇を胸の底から強く睨みつけた。

〜『ガラクタの勇者』前編 了〜
後編はnoteに挙げます🙇

前編→https://note.com/yuuki_toe/n/na97f592d7c58
後編→https://note.com/yuuki_toe/n/n28f5061f4d75

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#心の片隅で

12/18/2025, 5:29:19 PM