君が隠した鍵
私は、この部屋で監禁されている。毎日朝、一人目を覚ませば、暗い部屋に入ってくる光を見る。
そして両手に湯気の出た朝ごはんを持ってくる男の顔を見ると、途端に苛立ちが湧いて彼に怒鳴る。
「出して。ここから。」
「……出せないよ、家にも帰れないのに」
そう、私は家に帰れない。家の場所を覚えていない。この男の顔も名前も覚えていない。
数年前に起こった、交通事故で恋人だった男の名前も顔も、自分のことすらも忘れ去った。
君が隠しているのは、私が無くした鍵だった。
私が、事故で彼との思い出に蓋をした。
それを彼が私に悟られぬように蓋の鍵を握っている。いつか、いつか記憶の箱が開くと信じて。
「家、家にかえ、りたい。」
同棲している彼に、そんなことを言っても意味が無い。私の頭にある家は存在しない。
帰りたい。と言っても帰る場所もないのだ。
だから君が鍵を隠した。
……私が、
自分の記憶と全てから逃げ出さぬように。
11/24/2025, 4:45:29 PM