君が隠した鍵
私は、この部屋で監禁されている。毎日朝、一人目を覚ませば、暗い部屋に入ってくる光を見る。
そして両手に湯気の出た朝ごはんを持ってくる男の顔を見ると、途端に苛立ちが湧いて彼に怒鳴る。
「出して。ここから。」
「……出せないよ、家にも帰れないのに」
そう、私は家に帰れない。家の場所を覚えていない。この男の顔も名前も覚えていない。
数年前に起こった、交通事故で恋人だった男の名前も顔も、自分のことすらも忘れ去った。
君が隠しているのは、私が無くした鍵だった。
私が、事故で彼との思い出に蓋をした。
それを彼が私に悟られぬように蓋の鍵を握っている。いつか、いつか記憶の箱が開くと信じて。
「家、家にかえ、りたい。」
同棲している彼に、そんなことを言っても意味が無い。私の頭にある家は存在しない。
帰りたい。と言っても帰る場所もないのだ。
だから君が鍵を隠した。
……私が、
自分の記憶と全てから逃げ出さぬように。
灯火を囲んで
死んだら、みんな灯火を囲うらしい。
私の住んでいる村では、そうゆう風習がある。
死んだ遺体を真ん中に置き、灯火で燃やす。
お坊さんの歌う歌を歌わなかったものは、呪われるという。
「…………」
お坊さんが歌っている中、私は灯火の中にいる、彼の顔を見た。
みんなが歌っているのに、私だけ口を開かずにじっと鋭い視線で睨みつけた。焦げ付いた顔を。
私が殺した彼の顔を。
「すごく、汚い顔ね」
それでいいと思えた。
私の彼氏を奪い去って、母と父を脅かした。それなのに、灯火で焼かれるだけで幸せだと思える。
「灯火で焼かれるだけで、よかったね」
後日、彼を殺したと告白した女が、
灯火に入れられた。
「きっと、呪いね。」
「そうよそうよ!あんなのは呪いよ!」
「いい子だったのにねぇ」
許さない。母と父を脅かして。
二度と許すものか。
地獄へ落としてやる。そして必ず。
私の手で灯火を囲ってやる。
僕と一緒に
「あああああ!」
精神科、閉鎖病棟で叫ぶ彼女の姿。
涙を流しながら叫び、光を失った目。
そんな彼女が、好きなのは変わらない。
でも彼女に対して、安楽死が決まった。
悲痛な選択を取った彼女の親。
僕は、彼女の親を殺した。惨殺した。
何度も何度もナイフで刺し、
血を、内蔵を抉った。
僕もどうせ死ぬ。死刑になって、殺される。
彼女と同じだ。
最期に、彼女の身体を抱きしめた。言葉にならない言葉を話す彼女の肩に、涙が落ちる。
「大丈夫、僕がいるよ」
「一緒に、死のうか。"僕と一緒に”」
フィルター
レンズのフィルターには色々隠せるものが存在する。
私もそれで色々隠していた。
スマホでやるような、消しゴムマジックでは無い
私は、
自分が隠しているものを知られてはならない。
だからフィルターをかけていた。
しかしパパラッチで破かれた。
俳優なのにも関わらず、一度人を殺していること
色々な異性と関わりを持ち、身体を重ねたこと
「バレちゃいけないんだよ、そうゆうのは」
「フィルターってね、人のプライバシーなの。破いていいわけないんだよ?」
「だから、死んで?」
そう言って、フィルターをかけた。
こぼれたアイスクリーム
私の好物はアイスだ。それは昔からずっと。
大好きな彼に出会い、幸せな時を過ごす時ですら、アイスは欠かせない。
そんな私が彼との子を妊娠した時も、幸せだ。
彼が喜んでお腹をさすった時も幸せだ。
彼は喜んで私を可愛がった。
身体を重ねた時ですら、私がアイスを好んで食べるのと同じように。
甘く優しい「バニラ」味。
でも怒った時は、苦くて冷たい「抹茶」味。
時々、ツンデレが発動する「チョコレート」味。
彼の蓋を開ければ、色々な味に出会えた。
でも、私は死んだ。
車に撥ねられたのだ。お腹の子とともに。
彼は泣いた。何味でもない彼。
初めて見た。
味が「こぼれた」アイスクリーム。
アイスは、どん底に落ちたせいか、
「「無味無臭」」だった。