箱庭メリィ

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「はっ」
意識が戻った。
意識が戻ったということは、今までなかったのだろう。
キョロキョロとあたりを見回せば、知らない天井に知らない部屋だった。
首が回らず部屋の様子は伺いしれぬが、怪我をしているのか体が動かないことはわかった。

その内誰かが来て、俺を抱き上げる。
抱き上げる?成人男性をひょいと両手で抱き上げた細身の女性は笑顔で俺の名前らしきものを声かけてきた。

浴室のような場所に連れて行かれ、大きな鏡に映ったのは、『赤ん坊の姿で抱き上げられる俺』だった。

(なんだこれは?あれが俺なのか?いやでも俺だと認識しているな。どういうことだ?)

ずきっと頭痛がして脳内に映像が浮かんだ。
それは車に轢かれる生前の姿の俺。

(もしかして、輪廻転生したのか?これは噂の転生物ってやつか?)

少し期待に胸躍らせたが、今の姿を思い出してげんなりしてしまった。

(転生したはいいが、赤ん坊からのリスタートなんだな……)


2/21『0からの』


『マッチ売りの少女』
『人魚姫』
『シンデレラ』

私はそういった童話が苦手だ。
マッチ売りの少女や人魚姫は悲しい終わりになってしまう。
シンデレラはハッピーエンドにはなるが、それまでがいただけない。

一番苦手なのは、彼女たちを「可哀想」だと思う自分自身だった。
「可哀想」なんて、温かいところでぬくぬくとしていられるから、出てくる言葉だ。
彼女たちを「同情」するなんて、懸命に生きた証を侮辱することに他ならないのか。


2/20『同情』



木枯らしが吹く頃、足元でくしゃっと鳴るそれ。
私はそれが大嫌いだった。
踏んでしまったら、革靴でぐりぐりと踏みつけにするくらいには。

何か大切なものが崩れてしまうような音がするのだ、枯葉の音は。


2/19『枯葉』



一日が終わる前の5分番組。
「明日が来る」のをお知らせする低い声。
時計の針が進むごとに終わる今日。
テレビの中の短針と長針が重なり合うと新たな「今日」を迎える。

私はその3秒間が地味に好きだ。


2/18『今日にさよなら』



3歳の子が泣き止まない。
どうしてだろうと頭を捻らせた。
おやつはあげた。お腹は満たされている。
眠いのは眠いのだろう。だが、全然寝てくれない。
とうにお昼寝の時間なのに、駄々をこねて眠ってくれない。
何故だろうと首を傾げていると、ふと外に干していた洗濯物に目がついた。
もしや、と思いピンクのタオルケットを取り込み子どもに渡すと、

「すー、すー」

今まで泣き叫んでいたのが嘘のように泣き止んだ。そして寝た。

(な、これだったのかー!)

子どものお気に入りのピンクのタオルケット。
子どもはいつも寝る時にこれを身体に巻き付けていた。

(このくらいの歳でも「お気に入り」ってあるんだな)


2/17『お気に入り』

2/22/2026, 10:03:42 AM