「小さな命」
雨がやっと止んだ牛後、駅前の歩道橋の下で、段ボールがひとつ、ぽつんと濡れていた。近付いてみると、中から小さな、かすかな鳴き声がした。
「にゃぁ...」
段ボールの隙間か隙間から真っ黒な子猫が一匹、震えながら顔を出した。まだ目もちゃんと開いていないような、とても小さな子だった。
片方の耳が少し欠けていて、尻尾はほとんど毛がなく、ピンクの皮膚が向き出しになっていた。
私はカバンからハンカチを出して、そっと子猫を包んだ。冷たかった。とても冷たかった。
家に連れて帰って、すぐにお風呂に入れてあげた。シャワーのお湯をいちばん弱くして、そっと体を温める。子猫は最初、怯えて体を丸めていたけど、だんだんリラックスして、私の手のひらの中で小さく呼吸するようになった。
ミルクをスポイトで少しづつあげると、ごくん、ごくんと喉を鳴らした。その音がやけに愛おしくて、胸が締め付けられるようだった。
獣医さんには「生きる可能性は極めて低いです。内蔵がかなり冷えてほとんどの機能が停止してしまっているし、栄養失調もひどい。正直、奇跡が起きない限り…」先生はそこで言葉を切った。
私は奇跡を信じて、毎晩三時間おきに起きてミルクをあげ続けた。仕事も休んで、LINEもほとんど見なかった。ただ、その小さな命が、朝まで息をしているかどうか、ただそれだけが大事だった。
ある夜中、いつものようにミルクをあげようとすると、子猫が初めて、弱々しく前足を伸ばして、私の人差し指を掴んだ。爪もほとんどない小さな前足だったけど、確かにぎゅっと握られた。その瞬間、波土が止まらなくなった。
「ごめん…ごめんね」
ずっとひとりで耐えてたんだね、ごめんね、と何度も何度も謝った。
それから三日目の朝。子猫は初めて「シャー」と小さな威嚇の声をあげた。私が近づきすぎたからだ。けど、その声が、すごく嬉しかった。
私はその子の名前を「クロ」と名付けた。在り来りだけど、それしか思いつかなかった。
クロは結局、生き延びた。
目は開き、耳は少しづつ毛が生えてきて、しっぽもふわふわになってきた。歩けるようになって、走れるようにもなって、ある日、私の膝の上で初めてゴロゴロと喉を鳴らした。
クロは今でも、雨の日は必ず僕の膝の上に乗ってくる。欠けた耳をビクビクさせながら、じっと僕の顔を見る。まるで言っているみたいに。
「大丈夫だよ、もう独りじゃないよ」って。
私はそっと、クロの小さな頭に頬を寄せる。
ありがとう、小さな命。
生きててくれて、ありがとう。
(完) 雨夢 歌桜
2/24/2026, 12:26:07 PM