雪明りの夜(迷走した)
——戦争はついに終わりを告げた。我々の勝利だ。高らかに誇れ!
帝王の遠距離放送は鼓膜を突き破らんばかりの音量であったが、敵将を見下ろす者は微動だにしなかった。
幾年経ったかと、前線で唯一生き残った騎士はそう考えるだけの理性は残されていない。命令のままに大剣を軽々と振るい、文字通り一騎当千の働きを担ってきた。しかし一人、また一人と戦友は去っていく。
騎士には家族が居た。夫が一人、娘が二人、息子が一人。結婚記念日にドギマギした事も、初めて我が子を抱き締めたことも、それどころか顔も名前も存在も血塗れの記憶に埋もれてしまった。
大広間での一騎打ちを制した騎士は、ゆっくりと動き出した、
鎧に括り付けられ、一部は鎖状になった数キロの識別タグが互いにぶつかり合ってじゃらりと金属音を鳴らす。そして一歩踏ましめた時、やっと騎士は気がつく。絢爛であっただろう大広間の天井は崩落しており、雪がしんしんと降っていることに。ふわりとした新雪に深々とした足跡が付いた。空を見上げれば満月が燦然と輝いており、地上を照らす。
「……あっ」
掠れていてもなお可憐な、乙女の声が漏れ出る。
照明器具も全て戦いの中で砕け散らせたというのに、雪に反射した月光が辺りを照らしていた。ぼんやりと、それでいて幻想的に、
恐らく、騎士は戻れば数多の勲章を受け取るだろう。だが誰もこの雪明りのように寄り添ってくれることはない。何千何万もの血に塗れた人間を、人間として扱う者は居ないのだ。
再び騎士は動かなくなる。筆舌に尽くしたい感情の奔流に立ち尽くしているのだ。
「帰還せよ、ね……」
数週間ぶりに大剣を鞘にしまう、
全体に異物がこびりついていたが、力付くで鞘に押し込むと全て剥がれ落ちる。
「ふんふんふふーん……♪」
幾年ぶりにする鼻歌は彼女だけの記憶となり、どの楽章にも残らない。
雪明かりの夜、騎士は初めて命令に背いた、
12/26/2025, 5:28:17 PM