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12/26/2025, 5:28:17 PM

雪明りの夜(迷走した)

 ——戦争はついに終わりを告げた。我々の勝利だ。高らかに誇れ!

 帝王の遠距離放送は鼓膜を突き破らんばかりの音量であったが、敵将を見下ろす者は微動だにしなかった。
 幾年経ったかと、前線で唯一生き残った騎士はそう考えるだけの理性は残されていない。命令のままに大剣を軽々と振るい、文字通り一騎当千の働きを担ってきた。しかし一人、また一人と戦友は去っていく。
 騎士には家族が居た。夫が一人、娘が二人、息子が一人。結婚記念日にドギマギした事も、初めて我が子を抱き締めたことも、それどころか顔も名前も存在も血塗れの記憶に埋もれてしまった。

 大広間での一騎打ちを制した騎士は、ゆっくりと動き出した、
 鎧に括り付けられ、一部は鎖状になった数キロの識別タグが互いにぶつかり合ってじゃらりと金属音を鳴らす。そして一歩踏ましめた時、やっと騎士は気がつく。絢爛であっただろう大広間の天井は崩落しており、雪がしんしんと降っていることに。ふわりとした新雪に深々とした足跡が付いた。空を見上げれば満月が燦然と輝いており、地上を照らす。

「……あっ」

 掠れていてもなお可憐な、乙女の声が漏れ出る。
 照明器具も全て戦いの中で砕け散らせたというのに、雪に反射した月光が辺りを照らしていた。ぼんやりと、それでいて幻想的に、
 恐らく、騎士は戻れば数多の勲章を受け取るだろう。だが誰もこの雪明りのように寄り添ってくれることはない。何千何万もの血に塗れた人間を、人間として扱う者は居ないのだ。
 再び騎士は動かなくなる。筆舌に尽くしたい感情の奔流に立ち尽くしているのだ。

「帰還せよ、ね……」

 数週間ぶりに大剣を鞘にしまう、
 全体に異物がこびりついていたが、力付くで鞘に押し込むと全て剥がれ落ちる。

「ふんふんふふーん……♪」

 幾年ぶりにする鼻歌は彼女だけの記憶となり、どの楽章にも残らない。
 雪明かりの夜、騎士は初めて命令に背いた、

12/25/2025, 6:35:14 PM

祈りを捧げて(難航した……シスター好きだから楽しかったけど!)

 廃墟と化した大聖堂の中、欠落したステンドグラスを見上げた。
 かつての街の象徴であり、人々が日々の安寧を願っていた。
 崩れた天井の合間からは優しい陽光が振り注ぎ、割れたガラスの破片がきらめく。
 風の音も無く、鳥や虫の鳴き声もしない静寂――その中、ふと後ろに気配を感じて、ゆっくりと振り返った。

「へぇ、やっぱりコチラにいらしたんですね」

「……シスター」

 目隠しをした修道女は足音無く現れ、柔らかに笑う。まるでこちらが見えているように振る舞い、細かな変化すら見逃さないという気味の悪い女だ。一度だけ目隠しの無い姿を見たことがあるが、眼孔は空洞でますます不気味に思った。
 更にはこちらには敵意や害意なんかは無く、ただただ善意だけ向けてくる。何一つ読めないやつだ。

「ふふふ。怖がらないでください、ナイトさん」

「朝の祈りでもしに来たなら勝手にしていろ」

「朝の祈りまではまだ時間があるのよね。貴方相手に祈ってみたら何かあるかしら?」

「……要するに違う用で来たんだな」

 口を開けばこちらを振り回してくる。
 無邪気そうな笑みの裏には何もなく、ただただ心の底から楽しそうに、嬉しそうに振る舞う。子供というのは大きすぎて、大人と言うには幼稚な面が多い。
 言い回しも行動も面倒すぎて、思わず頭を抱えた。

「時間が来るまで、貴方と過ごしてみたかっただけよ。驚いた?」

「全く」

「つれないね。地元の魚ぐらい釣れなくて泣いちゃうわ」

 わざとらしい泣き真似をしているが、当然無視を決め込む。
 廃墟となったとはいえど、この大聖堂にはまだいくつか問題なく使えるベンチが存在しているはずだが……いや、この修道女のことだ、埃っぽいからとか抜かしかねない。

「……あ、聞こえた?」

「何も聞こえん」

「ふーん? 祈りの時間を告げる鐘の音がしたのに」

 瓦礫の隙間から吹いた風がウィンプルと髪を靡かせる。麦畑を彷彿とさせる綺麗な金髪。ふわりと対照的な潮の香りが運ばれてきた。
 何も知らなければこの光景にただただ見惚れていただろう。だが私は彼女がどのような人物か知っている。見惚れるわけがない。

「もともと、主神なんて呼んで神を崇めてたのに、この有様じゃ神なんて居たのかしらね?」

「ふん……どちらでもいい」

 私の前へと修道女が歩く。
 陽光を受ければ息を呑むほど美しく、まるで絵画の一部のようだ、大聖堂の中言うのは失礼かもしれないが、この世で最も神聖に見えた。

「ねえ、祈らないの?」

 修道女らしく両手は握りしめることなく、ただ両腕を広げた。

「……いや」

 私は跪く。
 修道女の皮を被った、海の化け物に。

「あらあら……聴覚を捧げた次は何を捧げて何を得るわけ?」

 化け物はいつも通り唇を開くことなく語り掛けてきた。

10/11/2025, 5:30:21 PM

未知の交差点

「……こちら第十七区交通管理局、コードネーム『カシスオレンジ』。南南西方向への道路及び建造物らの新規拡張を確認しました、オーバー」

『そうかい。探索をしなさい、アウト』

 一方的な命令、一方的な切断、一方通行の道路車線。
 もしもクルマで来ていたらこの道は進めなかっただろうと、アスファルトを爪先で叩く。
 白昼だというのにこの街に人は交通管理局メンバー以外は存在しない――否、存在してはいけない。
 未知へ繋がる交差点の中心にて、任務遂行という重荷を背負い直す。
 一歩でも先に進めば、超常現象やヒト型の何かに遭遇するだろう。だが、私は怖じけることはない。
 何故私がP90ではなくP50を使うのかと同じだ。『カシスオレンジ』という人物は逆張りばかりの人間だ。有名な短機関銃よりも同じマガジンを使うだけの異様な拳銃を使いたがった。就職も、安全かつ高給取りの第七区投資提案部に行けたはずなのに、この危険な仕事を選んだ。
 相対するのは恐怖、そして未知。だからこそ模索すべきだが、逆張って既存手段である暴力を使う。
 無知も、未知も、恐れるに足らないからだ。
 逆張りに満ちた人生に乾杯をし、道路の真ん中を歩いた。

10/7/2025, 3:54:10 PM

静寂の中心で(このお題難しいね……)

 そっと息を潜めた。
 心臓が鳴る。小さく、とくん、とくん、鳴り続ける。
 こんなにも静かな月のクレーター。わたしの音はあった。
 灰色の足元に、遠いきらめきが果てしなく淋しい宇宙。確かな静寂。

 目の前にある生まれ故郷は、いつの間にかスペースデブリが多くを占め始め、日照時間は激減していた。喧騒もやがては諍いになり、責任を押し付け合う日日。
 人類を徹底管理のもと統べた絶対統治も、ある日崩れ落ちた。それは知らない誰かの嘲笑から、落日と呼ばれた。
 白色の秩序は朽ち果て、灰燼と帰して、暗黒時代へ入る。
 絶対統治は人類だけでなく空も総ていたのだから、空も無秩序となるのは自明だっただろう。
 衛星の機能は止まり、スペースデブリとなり、そして草木がメを閉ざしていく。

 絶対当地の管理下でも、優良種と劣等種は存在していた。
 私は劣等種で、薄汚い静寂の中虐げられた。
 静寂はキライだった。
 落日を迎えた。
 好きとなる。

 静寂とは絶対の死を指す場合がある。それは静寂というよりも静謐が近く、あるいはただ単に無音と呼ぶかもしれない。
 しかし、肉体の死だけであればそれらを感じ取ることができる。音が無い、ということを感じるのだ。感覚器官が無くとも、幽体離脱的状況下における感覚は精神に対する刺激として解釈出来る。トラウマ、精神疾患なども刺激に対する敏感さとして言い表せよう。
 かつてこういった解釈を人類は親しんだ。しかし、絶対統治においては時間や時空もまた制御されていて、それらを感じ取ることは永劫として不可能なはずであった。

 統括しよう。
 月の大気を"肺"へと収める。無臭のような、埃っぽいような。
 足を踏み出す。かつん、かつん、歩き続ける。
 私の肉体は、絶対統治の崩壊――落日から数日後、肉体が死んだ。
 ヒトの統治が出来なくなったからだ。
 いまや、人類は精神だけとなった。絶対統治から解放されたと言うのに、人類は喜べない。誰が絶対を破ったのか誰もがせめぎ合う。
 諍いを嫌って、私は空へ飛び出した。精神体は不可視の感覚受容体でしかなく、肉体と比べれば不可能はないと言える。肉体に親しんだ人類は、未だに絶対統治に縛られている。

 静寂の受容。
 月の中心というものは、球である以上は核部分だろう。
 感覚の鋭敏化。
 表面であれば、つまらないことに縛られなければ何処でも中心に定義できる。
 束縛からの解放。

 ここが、宇宙という静寂の中心としよう。

8/1/2025, 5:23:28 PM

8月、君に会いたい(本日誕生日の身だったので、眠る前に……書きたいものが長すぎてやや乱雑かも)

 柑橘系の香りがふわりとした。君の名前を思い出す。
 都内のコンクリートの乱立の中、ふと足を止めることなんて早々無い。
 日々、何かに追われるようにして過ごし、そして時には静かに競争社会に呆れた人が自ら望んで暗闇に身を投じる。逃げる、辞める、なんていうけれど、私からしてみたらあの先は深淵でしかない。
 だが、どちらの人間も五味豊かな青春を過ごしていよう。
 脳裏に過った君。最後に会ったのは、今日よりも涼しい故郷だった。

 捜査一課に勤める私は、片田舎の無鉄砲な子供に過ぎなかった。
 テレビに感化されて出稼ぎで出たきりの若者ばかり増えたせいで、過疎化は進んで学舎には私と君だけだった。
 私と君が証書を受け取れば、もう寺子屋から始まった高校の歴史は幕を閉ざす。
 悲しさと寂しさが占めた胸中には、老朽化の進んだ図書室から眺めた校庭との別れよりも、君と離れ離れになる事実のほうが遥かに大きかった。

 春の陽気と桜に微笑む君。夏の川辺で白いワンピースと麦わら帽子の君。紅葉によりも綺麗だった君。雪に降られて鼻も頬も冷たかった君。
 自身が警察学校へ行くと決めた時から決まっていた別離だというのに、苦しくてたまらなかった。
 ふと私と君ばかりの卒業アルバムを見て、真っ直ぐ純真な笑みの君を見ては、いつかまた巡り会おうと思っていた。
 だからこそ、昼休憩中にテレビに映った君に驚いた。

『本日未明、〇〇村で14人が死亡、3人が意識不明の重体になる事件が起こりました』

 私の故郷だった。
 何知らぬ顔の同僚がインスタント食品を啜る中、私は呆然と箸を置いた。
 朝から忙しくて何一つたりとも情報を仕入れることも出来ず、今になってやっと知り得た。学生の頃は20人はいて、私と君がいなくなって、18人。しばらくして、向かいの家の人が癌で亡くなって17人。
 みんなだ。みんな。おふくろも、親父も、みんなだ。
 寂しさ、それに勝ったのは怒り。
 握りしめた手が震える中、携帯が震える。

『〇〇村惨殺事件、まだメディアに回していないが犯人はあすでに自首済みだ』

『私の生まれを知ってのご連絡でしょうか』

『いいや。そいつの口からお前の名が出たからさ。ほら、この顔見覚えあるだろう、と』

 背筋が凍った。
 笑顔の君がいた。

『この女が惨殺を企てたそうだ。お前と会いたくて、だそうで』
『……連絡がねぇな。とりあえず、落ち着いたら連絡寄越せ。面会のセットをしてやる』

 また柑橘系の香りがした。
 彼女の匂いに近いけれど、甘ったるい。 
 私はどんな表情で彼女に会えばいいのか。無点灯のスマホ画面に映った自身の顔は酷い有様で、死神に憑かれたようだった。
 ただ言えることは、8月2日――今日は君と面会する予定だ。旧知との再会であり、事件解明に向けた真実への一歩であり、なによりも彼女のことを知らなくてはいけなかった。
 はやく、君に会いたい。

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