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転勤で地元に戻ってきた。手続きをするために役所を訪れ、そこで見たことのある横顔に思わず声をかける。

「百合?」

俺の声に反応し、足を止めてくるりと振り返る姿は高校時代から全く変わっていない。柔らかな髪を靡かせ、大きな目がぱちぱちと瞬きした。

「わぁ、吉沢くん久しぶり!」
「五年ぶりかな、元気してた?」
「うん!吉沢くんも?」

周りに花が舞いそうな朗らかな笑顔の彼女に、懐かしい記憶が蘇る。高校の時、彼女に恋をしていた。同じクラスで同じ合奏部だった俺らは、自然と同じ時間を過ごす事が多かった。
だから自然と周りから両思いだと揶揄って苦笑いしてしまった。俺は好きでも、百合の本性は分からない。それにあの頃は学問に必死で恋愛にうつつを抜かす暇は無かった。
でも今なら、あの時言い出せなかった「好き」という気持ちを伝えたい。

「なあ、今度一緒に出かけない?あの頃は携帯も持ってなかったからさ、連絡先教えてよ」
「あー……ごめん」
「え?」
「連絡先とか、一緒に出かけるのとか、無理なの」

なんで、と言葉にすることなく、目線をそらす彼女がそわそわしていて、ふと手元に目が行く。左薬指に光る、小さなダイヤが俺の目を眩ませる。

「旦那の転勤でね、他県に行くの。それで転出届を取りに来たんだ」

彼女の人生が、俺の好意を掻き消す。
転勤するから出かけることも出来ない、だけどそれ以前に、彼女の隣に居ることは叶わなくなってしまったんだ。

「もう、おそいよ」

過去に戻りたくでも、戻れない。
去り際、彼女が言ったその言葉に過去の自分を恨んだのは言うまでもない。

9/4/2025, 4:33:29 PM