好きな男が結婚していた。
別に叶う恋とも思っていなかったし、それでも忘れられなくて私の中で一番輝いていた恋だった。
今思えば両片想いと囃し立てられたけど、一方的な恋だった。彼がどう思っていたかは知らないけど、掴みたいと思えば掴めたはず。そして、それは私も同じ。
私は、彼には似合わない女だと思って一歩引き下がった。一歩踏み出して叶わなかったかもしれないけれど、今より結果は良かったかもしれない。
全て、たらればの話。
叶って別れる恋よりは叶わないまま彼の幸せを祈る方が良いとずっと思っていたのにも関わらず、結構心に傷がついていた。
ジムで運動しても、どうでもいい雑談をしても、頭の中にモヤモヤの現れるそれ。
まるで恋人と別れた時みたいなこのモヤモヤ。付き合ってないのに、告白して振られた時の方がまだスッキリしてるのに。
夜に納豆を食べればイブストロなんたらみたいなのが出て心地良い眠りにつけるとか言うのを見て、食べる。まるで私の気持ちみたいにねばねばと引きずって、ほんと、なんだかなぁ。
今日でこの気持ちとさよなら出来ませんかね。
私も隣を歩いてくれる人を見つけるから。この恋も、もうさよならしましょう。
ねぇなんで私を置いていっちゃったの。
一生一緒にいるからねって言ってくれたのに、ずっとそばに居てくれるんじゃなかったの。
だから私は嫌だった、この幸せが幻になって消えるくらいなら、こんな関係にならなきゃ良かったのに。
それでも私を離さないつもりなのか、薬指にはめた指輪は一向に抜けない。あの世で待ってるから、人生を謳歌しなよだって?
アンタの居ない毎日なんて謳歌出来るわけないじゃない。
永遠なんて、ないけれど、それでもあの世でも生まれ変わっても一緒に居てくれるって約束してよね。
もやもやとした心は依然と晴れることはない。
曇りガラスで見えない先の道を、あてもなく進んでいく。何処へ行くのか、その先に私が望む未来があるのかなんて全く分からない。
それでも歩みをとめないのは生きているから。まだまだ続く人生に理由も目的も持っていない。それでも何か一つ見つけることが出来たなら、その時は鮮やかな世界が待っているはず。
だから私は歩むのをやめない。
ぶすって言葉が嫌い。
別にこの顔になりたいと思って生まれてきたわけじゃないのに、人は他人の顔を勝手に評価して点数をつける。
いつの間にか人並みの自信はなくなって、カメラ越しの加工された自分しか愛せなくなってしまった。
加工された私の写真を見て、知らない誰かが可愛いと言ってくれる。それが私の生きがいであり、存在価値。
でも、それは偽りの私なの。
お願い。
フィルターという魔法を解いた私を、可愛いと言って。
転勤で地元に戻ってきた。手続きをするために役所を訪れ、そこで見たことのある横顔に思わず声をかける。
「百合?」
俺の声に反応し、足を止めてくるりと振り返る姿は高校時代から全く変わっていない。柔らかな髪を靡かせ、大きな目がぱちぱちと瞬きした。
「わぁ、吉沢くん久しぶり!」
「五年ぶりかな、元気してた?」
「うん!吉沢くんも?」
周りに花が舞いそうな朗らかな笑顔の彼女に、懐かしい記憶が蘇る。高校の時、彼女に恋をしていた。同じクラスで同じ合奏部だった俺らは、自然と同じ時間を過ごす事が多かった。
だから自然と周りから両思いだと揶揄って苦笑いしてしまった。俺は好きでも、百合の本性は分からない。それにあの頃は学問に必死で恋愛にうつつを抜かす暇は無かった。
でも今なら、あの時言い出せなかった「好き」という気持ちを伝えたい。
「なあ、今度一緒に出かけない?あの頃は携帯も持ってなかったからさ、連絡先教えてよ」
「あー……ごめん」
「え?」
「連絡先とか、一緒に出かけるのとか、無理なの」
なんで、と言葉にすることなく、目線をそらす彼女がそわそわしていて、ふと手元に目が行く。左薬指に光る、小さなダイヤが俺の目を眩ませる。
「旦那の転勤でね、他県に行くの。それで転出届を取りに来たんだ」
彼女の人生が、俺の好意を掻き消す。
転勤するから出かけることも出来ない、だけどそれ以前に、彼女の隣に居ることは叶わなくなってしまったんだ。
「もう、おそいよ」
過去に戻りたくでも、戻れない。
去り際、彼女が言ったその言葉に過去の自分を恨んだのは言うまでもない。