〈君を照らす月〉
一人の旅人が森の中を歩いていた。日はとっくに沈み、道を示すものは朧げな月明かりだけだ。彼が一歩踏み出すと、森が終わり開けた場所に出た。
何処からか歌声が聞こえてくる。喜んでいるようにも、悲しんでいるようにも、怒っているようにも聞こえる不思議な歌だ。不気味で、そして美しい。彼は自分でも気づかぬうちに歌に夢中になった。脳が命令するより先に足が一歩一歩進んでいく。
彼は一本の木の後ろに、一人の女性が月明かりに照らされて歌っているのを見つけた。彼女は歌そのものだ。目の前のミステリアスな美女は彼が手の届く距離まで近づいた時、ついに歌を止め、口を開いた。
「来てくれてありがとう。さようなら。」
哀れな旅人がその意味を理解する前に、銀の剣が彼を貫いた。
「ただいま。今日も獲れたわよ。」
女性が洞窟の中に向かって言った。左手で魂の抜け殻となった旅人を引きずっている。
「最近豊作ね。これでしばらくは食べ物に困らないわね。」
彼女の妹が答えた。
「それにしても、ちょっと歌うだけですぐに来るなんて、人間は単純よね。」
「ええ。月明かりの下では何でも魅力的に見えるって教わらなかったのかしら。」
二人の女は笑った。その顔は不気味で醜く、とても美しいとは言えないだろう。
11/17/2025, 7:31:02 AM