揺れるキャンドル
夜の帳が降りきった頃、仮面師はひとり、古い礼拝堂に入った。
扉を閉めると、外の風が途切れ、静寂が深く沈む。
ただ一つ、祭壇の上で揺れるキャンドルだけが、彼を迎えた。
その火は、まるで呼吸するように揺れ、
影は壁に長い物語を描き出す。
仮面師は歩み寄り、そっと手をかざした。
熱は弱く、しかし確かに生きている。
「まだ、ここにいるんだな」
誰に向けた言葉か、自分でもわからない。
ただ、この灯りだけは、彼がどれほど姿を変えようと、
どれほど名を変えようと、
ずっと変わらずに揺れていた。
火がふっと強くなり、
仮面師の影が壁いっぱいに広がる。
その影は、かつての名を持つ者の姿にも、
これからの名を背負う者の姿にも見えた。
彼はキャンドルの前に膝をつき、
胸元から小さな花弁を取り出す。
それは、長い旅の途中で拾った、
色褪せない記憶の欠片。
花弁をそっと火のそばに置くと、
炎は柔らかく揺れ、
まるで祝福するように光を返した。
「行こう。まだ続きがある」
仮面師は立ち上がり、
揺れるキャンドルに背を向ける。
その火は、彼の背中を照らしながら、
静かに、静かに揺れ続けた。
まるで――
新しい物語の始まりを告げる鐘のように。
12/23/2025, 2:16:38 PM