思春期真っ只中

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同情

同情—— Sympathyの語源は、古代ギリシャ語の"sympatheia" (sym〈共に〉+ pathos〈苦しみ〉)に由来する。

『相手と同じ苦しみを、自分も一人の人間として同時に味わう』

そんな意味だ。
日本では長年「慈悲」や「あわれみ」「不憫」などという言葉が使われており、同情という単語が一般に使われるようになったのは明治時代初期のことで、先ほどのSympathyや、ドイツ語のMitgefühl(共に感じる)の訳語として用いられた。

また、同情という漢字自体は中国古典や江戸の文献にも見られるが、それは「同じ情」、つまり「同じ志を持つこと」という意味合いであった。

総じて、当時の「同情」が現在の「共感」に近い意味で使われていたという。

しかし、言葉の運命とは皮肉なものだ。かつて「魂の共鳴」を意味した「同情」は、大正から昭和、そして平成へと時代が下るにつれ、その手触りを変えていくことになる。

心理学や哲学が感情を細かく分類し始めると、相手と同じ地平に立つ姿勢は共感——empathyという新しい言葉へと引き継がれていった。

取り残された「同情」という言葉には、いつしか「自分は安全な場所にいて、相手を外側から眺める」という、ある種の距離感が混じり始めたのである。

だが、今一度その語源に立ち返ってみれば、そこには「上」も「下」も存在しないことに気づかされる。古代ギリシャの人々が信じた sympatheia とは、宇宙の万物が目に見えない糸で繋がり、一箇所が震えれば、宇宙の果ての他方もまた震えるという、切実な星々の連鎖のようなものだった。

言葉は使われ方によって摩耗し、時に本来の意味を失っていく。だが、その奥に眠る「体温」を掘り起こすのも、また言葉を扱う私たちの役目だ。

誰かの苦しみを、一人の人間として同時に味わうこと。

それは、合理性を重んじる現代において、最も効率が悪く、そして最も美しい人間の営みなのだと思う。

2/21/2026, 12:37:02 AM