光合成

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『花束』

柄にもなく花束を抱えて歩く。

いつも通りに会社に行って、いつも通りに上司と部下に挟まれ、いつも通りに残業をし、いつも通りに疲弊した帰り道だった。

目の前をふわっと何かが舞ってコートに落ちる。黒地にぽつんと白いものが付いていて、見上げてそれが雪だとわかる。
僕はげっと思った。電車が遅延してしまうじゃないか。人混みに揉まれるのはごめんだ。
足早に街を歩く。信号の青が点滅して、走ろうかと思って諦める。すぐ左側をほぼ赤信号無視の車が抜けた。

雪はどんどん降る量を増す。僕のコートはすっかり白っぽくなってしまった。
ガタゴトンと物音がして、右側を見ると花屋が店頭から奥にバケツを閉まっているところだった。
若い女性が長く緩いウェーブのかかった茶髪を低い位置にひとつでまとめ、重そうに色とりどりの花の刺さったバケツを持って店の奥とを往復する。
目線に気づいたのか、彼女がこちらを見て目が合う。やば、見すぎたと思って目を逸らすが遅く、良かったら見ていってくださいと彼女が笑う。

何を思ったのか、僕はそのまま店に入った。
雪が降っていたから?見ていってと言われたから?
彼女の歩く度揺れる髪を盗み見しながら考える。
店内を見回すとパステルカラーやビビットカラー、大小さまざまな花弁が所狭しと並んでいる。
2月の花と書かれたエリアの1輪に惹かれ、見つめていると彼女がまた声をかけてくる。
「気になる花がありましたか?」
「いや、あの、珍しいなと思って」
少し待っててください、と何かを思いついた彼女はその1輪手に取り、奥に入っていく。
戻ってきた彼女の手には綺麗にラッピングされた花がある。
僕は慌てて断ったが、無理やり渡されてしまった。
「お兄さん、いつも暗い顔でこの通りを歩いてるなって思ってたので、少しでも気分が晴れたらなと」
彼女のやわらかい笑顔は花のようで思わず緊張してしまう。恥ずかしい。バレてしまっていた。
「ありがとう、ございます」

外に出ると雪は止んでいた。コートも元の黒字に戻ったが手元には白い花が増えた。
白いチューリップ。
何かが始まる予感がしたような、しないような。

白いチューリップ:「新しい愛」「失恋」


2026.02.09
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2/9/2026, 10:52:09 AM