光合成

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2/20/2026, 10:13:21 AM

『同情』

苦し紛れについた嘘はきっと貴方にはバレていた。
貴方はずっとそう。
優しくて、真っ直ぐで、自分自身を信じる人。
そして誰よりも人の痛みに気付ける人。

本当は私もそういう人でありたかった。
貴方の抱えてるものを私も一緒に背負って大丈夫って言える人になりたかった。
勝手に私の苦しみを抱えないで。
私を救ったくせに、貴方は私に救わせてくれない。
ずるい人。

出会った季節から一周して、また雪解けの気配がすぐそこまで来てる。
その間、貴方はずっと私を愛してくれていた。
深い深いところで繋がっていたはずなのに。
でもきっと、その結び目も気づかないうちに解けてしまっていたのね。

貴方はずっと過去に囚われたまま。
ねぇ、私が気づかないとでも思った?
ずっと忘れられないんでしょう?
でも私じゃあダメなんでしょう?

だから私は貴方を傷つけた。
貴方が私を嫌いになるように。
私の言葉で傷つくように。
もうこんな人、思い出したくないと思えるように。

本当、同情するわ。
私を忘れられない貴方に。
そして、貴方を忘れられない私に。


2026.02.20
53

2/16/2026, 10:16:53 AM

『誰よりも』

君が死んだらしい。
学校について朝の会で担任が言っていた。
窓の外はいつでも雪が降りそうな曇天だった。

昨日の君はいつも通り、誰もよりも早く教室に来て本を読んでいた。
窓際の席で陽の光に照らされる君の横顔を見るのが好きだった。こっそり、バレないように覗くのだ。

君は他の女生徒とは少し違って、規則正しいスカートの長さに真っ直ぐな黒髪を1つ結びにした優等生のような人だった。本も分厚そうで、一度何を読んでいるのか聞いたことがあるが知らない小難しそうな題名だった。
明るく笑顔の優しい子で、運動神経もノリもいい子だった。みんな彼女が好きだった。

僕はそんな君の泣き顔を一度だけ見たことがある。
誰もいない、屋上へ続く階段の踊り場だった。
普段誰も通らない場所に君が1人で行くところを見かけて、後をつけたのだ。
僕に気づいた君は慌てて涙を拭って言った。
「ごめんね、こんな姿見せて」
その笑顔はいつもと違ってどこか痛々しくて、僕は何も言えなかった。
その代わり黙って隣に座ってハンカチを差し出した。君が泣き止むまで、僕は隣にいた。
いつも笑顔の君に何があったのかは分からない。
泣きたくなる日もあるだろう。
ただそれが、君との最後の関わりになると誰が想像できただろうか。

君がなぜ死んだのかは分からない。
事故かもしれないし、病気だったのかもしれない。
殺されたのかもしれないし、自殺かもしれない。
僕はあの時、もっと君に何かできたかもしれないと思ってしまう。
それでも、あれが最善だったと思うしかない。
あの時の僕は君にとって、誰よりも近い存在だったのかもしれない。


2026.02.16
52

2/11/2026, 10:50:12 AM

『この場所で』

10年ぶりに地元へ帰ってきた。
僕が生まれたこの街は山に囲まれた港町で、朝日が眩しく海に反射する街だった。

ぼんやり海岸沿いを歩くと正面から猫が歩いてくる。漁業が盛んであり、廃棄となる魚は時々猫に与えられる。そのため尾びれがまだピチピチしている魚をくわえて、満足そうにしっぽをゆらゆらさせる猫を見かけることがある。

行き先を決めていなかった散歩はいつの間にか、小学校にたどり着いていた。
僕が君と通った、この一帯で唯一の小学校。
校門をくぐり、一瞬不審者になるかもと迷ったがそのまま校庭を歩く。桜の木はまだ咲いていない。
校庭の隅に避けられた雪の塊が黒く汚れている。
君と作った金魚のお墓はそのままだった。

児童は誰もいない。
それもそのはずで、この学校はすでに廃校となっている。取り壊されることも決まっていて、先延ばしにされ続けた日程もついこの前決まった。

古くて今にでも壊れそうな木造校舎は、それでも優しい光を外から受け入れ、歩く度に軋む床の音がひどく懐かしかった。
自分にはもう小さすぎる机や椅子は、僕が大人になってしまったことを教えてくれる。

「6年2組」の札のかかった教室に入る。僕が卒業した時と内装が全く変わらない。
窓際の前から2番目、それが僕の座席だった。
そして隣には君がいた。
君の長い綺麗な髪をよく覚えている。

卒業の日、僕は君とここで約束をした。
中学受験をして地元を離れる僕は、君に気持ちを伝えられないまま引っ越してしまった。それでも大人になったら、またこの場所で会おうと約束した。

僕は今から君に会いに行く。
スーツを着て大人になった僕を見て、君はなんて言うだろうか。
黒板に落書きをして、黒いネクタイを締め直して教室を出る。君の好きだった春は、まだ来ない。


2026.02.11
51

2/9/2026, 10:52:09 AM

『花束』

柄にもなく花束を抱えて歩く。

いつも通りに会社に行って、いつも通りに上司と部下に挟まれ、いつも通りに残業をし、いつも通りに疲弊した帰り道だった。

目の前をふわっと何かが舞ってコートに落ちる。黒地にぽつんと白いものが付いていて、見上げてそれが雪だとわかる。
僕はげっと思った。電車が遅延してしまうじゃないか。人混みに揉まれるのはごめんだ。
足早に街を歩く。信号の青が点滅して、走ろうかと思って諦める。すぐ左側をほぼ赤信号無視の車が抜けた。

雪はどんどん降る量を増す。僕のコートはすっかり白っぽくなってしまった。
ガタゴトンと物音がして、右側を見ると花屋が店頭から奥にバケツを閉まっているところだった。
若い女性が長く緩いウェーブのかかった茶髪を低い位置にひとつでまとめ、重そうに色とりどりの花の刺さったバケツを持って店の奥とを往復する。
目線に気づいたのか、彼女がこちらを見て目が合う。やば、見すぎたと思って目を逸らすが遅く、良かったら見ていってくださいと彼女が笑う。

何を思ったのか、僕はそのまま店に入った。
雪が降っていたから?見ていってと言われたから?
彼女の歩く度揺れる髪を盗み見しながら考える。
店内を見回すとパステルカラーやビビットカラー、大小さまざまな花弁が所狭しと並んでいる。
2月の花と書かれたエリアの1輪に惹かれ、見つめていると彼女がまた声をかけてくる。
「気になる花がありましたか?」
「いや、あの、珍しいなと思って」
少し待っててください、と何かを思いついた彼女はその1輪手に取り、奥に入っていく。
戻ってきた彼女の手には綺麗にラッピングされた花がある。
僕は慌てて断ったが、無理やり渡されてしまった。
「お兄さん、いつも暗い顔でこの通りを歩いてるなって思ってたので、少しでも気分が晴れたらなと」
彼女のやわらかい笑顔は花のようで思わず緊張してしまう。恥ずかしい。バレてしまっていた。
「ありがとう、ございます」

外に出ると雪は止んでいた。コートも元の黒字に戻ったが手元には白い花が増えた。
白いチューリップ。
何かが始まる予感がしたような、しないような。

白いチューリップ:「新しい愛」「失恋」


2026.02.09
50

2/7/2026, 10:27:50 AM

『どこにも書けないこと』

雪の降る日のことでした。
今日は彼との初デートで、本屋を巡る約束をしていたのです。待ち合わせ場所は中央公園の時計台の下。時間まであと十分しか無かったのですが、焦る気持ちに反してバスは雪のせいで遅延してまして、どうにも胸が落ち着かなかったのを覚えています。

私は本を読むのが好きでしたが、遅刻しそうだからか、初デートだったからか。文字がさっきから踊ってしまい、同じところを繰り返し読んでしまい物語がさっぱり頭に入らないのです。
もう今となっては内容すら覚えておりません。

私が着いた頃には、貴方は時計台の下で本を読んでおりました。慌てて貴方の元に駆け寄った私に気づいた貴方は、優しく笑って跳ねた髪を撫でてくれました。顔から火が出そうなほどに恥ずかしかったことを覚えています。

貴方は本をバッグの中に大切そうにしまい、行こうかと私に左手を差し出しました。
私はその手を受け取りながら、どんな本を読んでいたのか聞きました。
それは海外の翻訳作品で、君には少し抽象的すぎて難しいかもねと言われてしまいました。
私だってそれくらい読めますとも、とよく分からない意地を張って私は拗ねてしまいました。

本屋にて、貴方は私に何か気になる本はないかと聞きました。そこで私は先程教えてもらった作品を挙げました。貴方は負けず嫌いめ、と笑いながら同じ作品を買って私に与えてくれました。

本屋を出て少しして、彼は靴紐が解けてしまったから私に持っててくれと荷物を渡しました。
私はその時、何を思ったのか、こっそり買ってもらった本とあなたの持っていた本を取り替えてしまいました。

そのあとは何事もなく、楽しくお話をして、最近流行りだというカフェに行って紅茶とお菓子を楽しんで帰りました。
自室に戻って、貴方の本を読む。そこにはスピンとは別に1枚の栞が挟んでありました。
それは可愛らしい水色の花が押されたもので裏にはメッセージが書いてありました。

内容から、この栞は貴方をとにかく慕っている女性からの贈り物だということが分かりました。
私は深く嫉妬しました。
あぁ、私というものがありながら、貴方はこの女性を密かに思っていたのですね。私は貴方の唯一ではなかったのですね。
私は父の机の引き出しからライターを取り出し、栞に火をつけました。
ぼうっとよく燃えて、塵となったそれを窓の外に捨てました。風に飛ばされて雪と混ざり遠くて飛んで行きました。

栞の裏に書いてあった女性の名が、貴方の死んだ妹さんのものだったことを知ったのはそれから数ヶ月経ってからのことでした。
私は罪を犯してしまったのです。
誰にも言えず、墓まで持っていかなくてはならないものが増えてしまいました。
私は常から日記を書くようにしていたのですが、このことは、このことだけは未だに、どこにも書けずにいるのです。


2026.02.07
49

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