『お気に入り』
お気に入りのカップ、お気に入りの本、お気に入りのぬいぐるみ、お気に入りの場所、お気に入りの言葉。
人には、それぞれたくさんのお気に入りがある。
……だけど、それがなんだっていうんだ。
○○○
「お気に入りって、なんだと思う?」
「なぁに?? 哲学的な問題? むつかしぃ~!」
僕の問いに、目の前の幼馴染はヘラヘラと笑った顔で変顔を向けてくる。
思わずイラッとしたので、脱色しまくってキシキシになった髪を引っ張ってやった。
「いたぁーい」
「嘘つけ」
チっと軽く舌打ちをして頬杖をつく。教室の窓は夕暮れの景色を映し出し、空を烏が飛んでいく姿が見えた。
「この席、後ろの窓際って先生に見つかりにくくて良いよねぇ。俺、ここの席、お気に入りだなぁ」
「僕の席なんだが……」
「かーえーて?」
「……先生に言え、先生に。なあ、お気に入りって、好きとは、どう違うんだ」
僕の問いに不思議そうにアイツは首を傾げる。
幼馴染の耳からジャラリとアクセサリーの音が揺れる音がなった。……また、増えてる。
「とっても、好き……みたいな?」
「それは、大好きというのでは無いか?」
「んーと、んーとじゃあ~。なんか継続的に好き、とか?」
「それは、ずっと好きと、何が違うんだ?」
「うーうーーー!!」
しまいには頭を抱え込んで悩んでしまった。
……結局、お気に入りなんて、こんなものか。
どこか肩透かしのような落胆してつまらない気持ちに、唇を尖らせる。僕はいったい、何を期待していたのだろうか。
「あ! わかった!!」
「…………何だ?」
あまり期待せずに、目線だけそちらに動かした。
アイツはキラキラとした真ん丸な大きな瞳と、ニンマリと大きく笑った唇を開く。
「俺専用です!! みたいな! 好き!!」
「は? それは……それは、その……」
上手く言葉が出なかった。何かが違うような、だけど何かが掠って触れているような。そんな気がしたから。
「だからね、俺は、君がお気に入りの友達だよ!! 幼馴染だし!! 俺専用の好き!!」
アイツの屈託ない笑みに、目を丸くする。
思わず口元が緩みそうになり、手で抑えて隠す。
「そうか……」
「うん」
「そうか」
「うん!!」
「お気に入りって、良いものだな」
「えへへ!」
「帰ろうか」
「うん!」
きっと、大人になったら色んな事が変わっていってしまう。
会わなくなる人が増えて、好きが好きじゃなくなっていって。
じゃあ、そんな感情になんの意味があるんだろうか。
そんな事をふと考えて……不貞腐れて。
そして、いま。気づいた。
あぁ、でも。僕は未来じゃなくて、現在を生きているんだと。
だから、きっと、これでいい。
いつか変わってしまうとしても、過去が変わらないなら。
僕の事をお気に入りと言ってくれたことを、嬉しく思おう。
嬉しく思ったことを、忘れないでいよう。
沈む夕陽を見ながら、帰り支度を急ぐ幼馴染の隣で、そう思ったのだ。
おわり
2/18/2026, 12:32:40 AM