『心の旅路』
「本当に必要なんですか、アンタみたいな仕事」
「必要さ。逆に問うが、必要じゃない仕事ってなんだい?」
「それは……」
肉体的虐待よりも、精神的虐待が発達した現代。
現代人は、常に精神的負荷を受け続けている。
故に、この病の発祥は必然的であったとすら、どこぞの著名な研究所は偉そうに、ふんぞり返って言っていった。
――心迷病(しんめいびょう)
それは、心が迷路に迷い混む病……別名、心の旅路。
自分が本当は何になりたいのか、わからない。
自分にとって何が嬉しいのか、わからない。
常に正解を探し続けてしまい、自分の意見はない。
生きていても、死んでいても、どちらも同じだ。
そんな心がどこか、旅にでも出てしまったかのような、病。
「それを、治すのが……オレらの仕事ってね??」
精神病が増える現代。
それと比例するように、医学もまた進歩していった。
人の心の中に、潜れるようになったのだ。
本来、人の心というプライベート極まりない場所に、入れることなんてない。
しかし、この心迷病の場合だけは、特別に医療行為として入れるのだ。
……だからといって、何か良いことがある訳ではない。
むしろ、ミたくなかったものをミる、というのは、ミせるというのは、かなりお互いに苦痛に違いない。
「師匠。そろそろですよ、気を引き締めてください」
「あいあい」
体の防衛として白血球が居るのならば、当然……心の防衛にも、そういったガードマンが居る。
ここで死ねば、
この仕事は僕たちは一生脱け殻だ。
分離した精神が、本来の肉体に戻ることが出来なくなってしまうためだ。
「っちょ、あっぶな!!」
「ほら、一瞬の気の迷いが、一生の怪我ってね!」
「くっ! あ、ありがとうございます!!」
この仕事は命懸けだ。
しかし、観客は誰も居ない。放送されない映画をずっと流し続けているみたいな、ぽつんとした客席だけがそこにある。
だから、だろうか。
僕は、書こうと思ったのだ。
アンタが生きた証を、どれだけ苦労して、様々なモノを犠牲にして、アンタが人々を救ってきたのかを。
――心の傷は、体の傷と違って見えないから。
だから、誰も気がつかない。
『無事に終わったよ』『何事もなかったよ』『簡単すぎて、朝飯前だったよ』
そんな笑顔の嘘に騙される。簡単な事なのだと思い込む。
抗議したことも、当然ある。しかし、
『それで良いんだよ、病み上がりの心に心配をかけて、またぶり返したらどうすんのー? それこそ、オレの仕事増えちゃう!』
正論だった。正論すぎて、何も言えなかった。
それでも、僕は知ってほしかった。
だって、
『知っているかい? 心迷救助人(しんめいきゅうじょにん)は、心迷病になりやすいんだ。だから、いつかオレも君にお世話になるかもね、アハハ!』
僕は、アンタを救えるだろうか。
いや、救うんだ。必ず、絶対に。何があったと、しても。
『ぼくも! ぼくもあにゃたみたいに! なれますか!』
『……キミは才能がある。このまま忘れて普通に過ごして欲しいんだけど、そうだなぁ。どうしてもこっちの世界に来るのなら、そのときは……オレがキミの師匠になってあげるよ』
『!! やくそく、ですよ!!』
『うん、約束ね』
『あい! あにゃたが、ぼくをたすけてくれた、よーに。ぼくも、あにゃたのことを、たすけます!!』
『うん、そのときはよろしく、ね』
普通の人が心迷病にかかったとき、その治る確率は50%だ。もちろん、心迷救助人の腕にもよる。
逆に、心迷救助人が心迷病になったとき、その治る確率は、5%だ。
そして、心迷病になった心迷救助人を助けようとした、心迷救助人の帰還率、もとい生存率は……1%だ。
立地の限られる迷路と違って、心の迷路はどこまでも広がっていける。
特に心迷救助人の場合は、特に他よりも広く広がるという。
「よし、完了! 完了! 今日も二人で生還出来たね!」
「ええ、そうですね。無事で何よりです」
「患者の子もかわいかったし! 焼き鳥とかいっちゃう?」
「訳がわかりません」
アンタの心の中はどんな場所なんだろう。
僕は心の旅路に想いを馳せた。
これは、二人の心迷救助人の話。
二人の心迷救助人が、一人になるまでの、話。
おわり
自分で書いて起きながら長い。
設定が溢れてきて、慌てて切った。続かない。
『凍てつく鏡』
鏡よ、鏡よ、鏡さん……。
そんな風に問いかけられた事があったのは、いつの日の事だったか。
私は鏡、魔法の鏡だ。
白雪姫の時代良かった。
私もひっきりなしに仕事があり、丁寧に扱われ、なおかつ私のことを覚えてくれる人が居た。必要とされていた。
今はもう、ない。
東の国より、えーあい、なる技術がもたらされて、私の仕事はいっきに減ってしまった。
私は時代遅れの骨董品らしい。
私は日の当たらない物置部屋の片隅に打ち捨てられた。
私の心は凍てつき、氷のように冷たくなる。
あぁ。誰でもいい。私を見てほしい。私を必要としてほしい。
……今ならば、あの狂気のお妃様の事が、痛いほど良くわかる。
あの城に、彼女の味方は誰一人居なかった。
彼女は誰の目にも映らない存在だった。
私たちが愚かだと称した行動は、彼女が自分を見てほしくて、必死に助けてと足掻いて証だったのだ。
あぁ、私はそんな彼女になんて酷いことを言ってしまったのだろう。
心の拠り所が、私という道具しかなかったというのに。道具が主人の心に寄り添わず、道具としての自尊心を優先させてしまった……なるほど、それは私が捨てられる訳だ。
私は、道具として、失敗作だった。
もう一度、もう一度だけでいい。
お妃様、あなたに会いたい。
会ってあなたに謝りたい。
誰一人味方が居ない中、それでも健気に必死に頑張ったあなたの姿を、私はこの世で一番美しいと、そう言ってあげられたなら……私は永久に壊れてしまっても、構いません。
……そんな祈りが神にでも通じたとでも言うのだろうか。
声が、した。
「あら……こんなところに、何か、あるわ?」
ばさりと、私に掛けられていた厚い布が剥ぎ取られる。
私の世界が黒一面から光に溢れ、さまざまな色が飛び込んでくる。
そして、私という鏡に映った姿に私は息をついた。
真っ白い髪に、ややつり目で冷たく思えてしまう切れ長のブルーの瞳。
あぁ、まるで、お妃様の生き写しのようではないか。
そんな彼女がドレスではなく、ボロ切れのような服を纏っていることに首を傾げる。
「まあ、こんなに素敵な鏡が仕舞われていたのね! うーん。どうしよう。あたし、今、鏡が無くて困っていたのよねぇ……誰も使って居ないみたいだし、あたしが使ってしまおうかしら!!」
「あなたに使って頂けるなら、光栄です。レディ」
「きゃ!!」
これは、見捨てられた魔法の鏡と、見捨てられた国王の愛人の娘である彼女が出会った話。
そして、ここから国の頂点に登り詰めて、一緒に世界を救ったりして、二人で一緒に笑い合う話……。
おわり
『祈りを捧げて』
祈りを捧げて、数年が経った。
私以外に、祈る者は居ない。
―――神は既に死んだのだ。
とある大災害が起きた。
ノアの方舟の再来のような、惑星一つを舐めまわすように訪れた災害。
人類はなす術もなく、アリの大群のように蹂躙された。
生き残った者達が、再建しようとするも、復興に必要な施設はことごとく破壊されてしまっていた。
諦めた人々は、世紀末のように限られた物資を強奪し、秩序ではなく力による支配によって社会を形成していった。
……神なんてクソくらえだ。
それが、世間の一般的な意見だ。
それでも、私は祈り続けた。
私のおばあ様は、熱心に信じていたのだ。
神様はいらっしゃる、だから常に祈り続けなさい、と。
そして、今日。
いつもの祈りを終えた私に、いつもと違うことが起こった。
「いってて! うわ!? ここ、どこ!?」
見慣れぬ姿の若者が、目の前に居た。
「あ、えっと……すいません、シスター? さん。ここって、どこですかね??」
「あなたが、神様でしょうか??」
「はい?」
祈りを捧げて、数年。
私の願いはようやく天に届いたようだ。
「流石、神様です。干ばつに喘ぐ村に雨と井戸をもたらすなんて……」
「いや、神様じゃないですってシスター。オレはただ、そういう能力があるってだけで、普通の人ですって」
「あぁ、謙虚なその姿勢。まさに神様そのものですね……」
「えぇ……なに言ってもこうなんだよなぁ」
神様はすごい方で、この壊れた世界を次々に修復してくださった。
たまによく分からない言葉を仰られているが、きっと神様界での言葉なのだろうと思っている。
○○○
「異世界チートって本当にあったんだなぁ……にしても、一番大事な要素が死んでんだよなぁ……」
オレはそういって周りを見渡す。
周りには最初にあったシスターをはじめとして、色んな人? に囲まれ、ときには美人? と言われる方々から熱烈なラブコールを受けたりもしていた。
まあ、断ったが……だって、
「耳だけじゃなくて、顔面までケモノとか、オレはそこまで重度のケモナーじゃないんだって。異世界チートって、そこまで甘くないんだなぁ、トホホ……」
誰か、重度のケモナーの地球の日本人の人。
オレと交代してください、切実に。
モテなくても良い! 可愛い女の子の生足が見たーーい!!!
おわり
『遠い日のぬくもり』
家族を腕に抱えたときを、あたたかみを思い出す。
それは、遠い日のぬくもりのことだ。
僕にはずっと昔に飼っていた、犬のペロという家族が居た。
今はもう居ない、寿命だ。
これは人間と犬という、種族間の問題で仕方のない事ではあったが、それが子供の頃の僕にはたいそう堪えた。
ずっと一緒に育ち、ずっとこのままだと思っていた。
だからこそ、弱っていくペロをみて、周りの大人達に「ペロを助けて!」とすがっても、どうしようもないと首を振る姿に、絶望したのを、よく覚えている。
腕の中のぬくもりが消え、僕は目が真っ赤になるまで泣いた。
……もう、犬は飼わない。
それが僕の出した決断だった。
だから、こそ。
僕は今この現実が信じられなかった。
時は変わるが、現在。
僕は寂れた工場跡地に居る。
有名な幽霊地帯で、誰も居着かずに不良の溜まり場となっている場所だ。
なんでサラリーマンである僕がここに居るかって? 簡単。
不良の高校生に財布を強奪されて、なおかつ暴力を受けているからだ。
……オヤジ狩りという、ヤツなのだろうか??
痛む節々の身体と口の中に広がる鉄の味。
僕はどこかなげやりになっていた。
いや、ペロが死んだときから、ずっとそうだったのかも知れない。
もう、どうでもいいや。
そう思って目を閉じたとき――犬の鳴き声がした。
僕はすぐさま、目を開けた。ペロだ。
僕が聞き間違える訳がない、これはペロの鳴き声だ。
そのあとすぐの事だった。
不良達の様子がおかしくなって、怯えたようにこの場から逃げ去って行く。
残ったのは、僕と半透明の姿をしたペロだけだ。
「ペロ?」「ウォン!!」
近寄ってペロに手を伸ばす。手は空を切り、ふかふかな毛並みを撫でることは出来なかった。しかし、どこか手のひらにあたたかみを感じて、僕は頬を緩めた。
「ペロ、助けてくれたのか? ありがとう」
「ばうっ、ばう!」
大きく尻尾をぶんぶんと振ったペロが、歩き出す。
まるで着いてこいと言っているみたいだ。
着いていくと、そこはゴミ置き場だった。
「ウォン!」
首を傾げる僕に対して、ペロは一鳴きして消えていってしまう。
「ペロ!!」
残されて喪失感に打ちのめされる僕の耳に、犬の鳴き声が届いた。
産まれたばかりの子犬のような鳴き声だ。
僕が恐る恐るゴミ置き場のゴミを掻き分けると……そこに、小さな手のひらサイズの子犬の姿があった。
「ペロ……お前って、本当に優しいな」
僕は、その子を連れて帰り、再び犬を飼うことにした。
「名前は何にしようか?」
つぶらな瞳と目が合う。
なんだか、世界が鮮やかに見える気がした。
おわり
『揺れるキャンドル』
キィキィ……音を立てて揺れている。
――キャンドルが、揺れている。
楽しい、楽しい旅行の……筈だった。
学生最後の冬休みだからって、みんなではしゃごうって。
それが、こんなことになるなんて。
トムは毒殺だった。
――紅茶好きなトムは、愛読書のエチカを片手に泡を吹いて死んだ。
その恋人のアメリアは溺死だった。
――お風呂好きなアメリアは、こんなときだから気分転換しなきゃ!と空元気で笑ってて……そのあと、もこもこの泡に覆われて死んでいた。
バロックは銃殺だった。
――俺は何も信じない、そう言って愛用のマスケット銃を大事に抱え込んだバロックは、マスケット銃を抱き締めながらも、窓から狙撃されて眉間に風穴を開けて死んでしまった。
キャンドルは絞殺だった。自殺とも言える。
――死にたくない!私は何も悪くない!!と半狂乱で取り乱していたキャンドルは……今、目の前で、アイツに殺されるぐらいなら、と。遺書を書いて首を吊っている。
……残るは、わたしとあなた、一人だけ。
「ねぇ、あなたがみんなを殺したの?」
「うん、そうだね」
「わたしのことは、殺さないの?」
「うん、そうだよ」
「なんで?」
「だって君は関係ないじゃないか……妹のイジメに」
キャンドルが揺れている。
それを不気味に笑いながら、パトリックは泊まっていたペンションを出て崖まで歩いて行って『セシリア、愛してるよ』そう呟いて、身を投げていった。
……また、わたしだけ、生き残ってしまった。
おわり