『同情』
電車の揺れに合わせて、吊り革が軋む。
拍を取るように、ウトウトと首を倒すが、こんな窮屈な時間帯では休めそうもない。
今日は、資料を3回も修正する羽目になった。
自分の能力の無さは、プライドが許す限り認めているつもりだ。
ただ、あの上司の審査は厳しすぎるのではないか。
言葉づかいや行間の指摘をするだけならまだしも、
気分次第でその基準が変わるのはどうにかならないものか。
目の前でスマホを弄っている学ランを見つめながら、自由と希望に満ち溢れた学生時代を懐かしむ。
もう、戻ってくることはない、青春の日々。
今でこそ不幸せというわけではないものの、おそらく会社員共通であるこのストレスを抱えると、どうしても卑屈になってしまう。
「痴漢です」
声がした。隣からだ。
その女性は睨むような目で顔をこちらに向け、片方の手を高々と突き上げている。
そこには自分の手があった。
「は?え、いや、」
「この人、触りました」
何が起こったのか、わからなかった。が、すぐに目が覚めた。
痴漢だ。そして冤罪だ。
すぐに弁明すべきだと思った。
「いや、やってないですよ」
いつの間にか開いていたドアからホームに降り立つ。
「誰か、駅員を呼んでください」
解決してもらおうと思った。
「私、この人に痴漢されました」
女性の発言は止まない。
電車が来たにも関わらず、ホームの人ごみは数を減らす気配が無かった。
むしろ、互いを睨み合う男女を中心に増えているようだった。
冷たい視線とシャッター音に全身を刺される。
女性の発言を何度否定したところで、事態は悪化するばかりだ。
数分足らずで駅員が駆けつけた。
「実は」
「この人に痴漢されたんです、逮捕してください、逮捕」
感情が今にも爆発しそうだった。
全身が熱くなるのを感じながら、必死に理性が繋ぎ止める。
「とりあえず、着いてきてもらえますか」
虚空から生まれた偽りの罪が背中にのしかかるのを感じた。
もう、逃げ場は無いと思った。
この場で最も哀れな人間に同情する者は1人もいない。
三人は駅員室へと向かう。
シャッター音は鳴り止まなかった。
2/21/2026, 9:41:36 AM