『0からの人間の作り方』
1.骨格を用意します。
市販の標準フレームで構いません。個性は後から付与できます。
2.筋繊維を編み込みます。
過度に強化しないでください。人間らしい脆弱性が必要です。
3.感覚器を接続します。
神経プラグの損傷が無いことを十分に確認してから行いましょう。
痛覚は必ず有効化してください。学習効率に関わります。
4.記憶領域を空のまま封印します。
初期記憶を入れてはいけません。人格の自律形成を阻害する可能性があります。
5.完成です。
お好みで皮膚や体毛等の装飾を行いましょう。
*補足*
人間は自らを「自然発生した存在」だと認識しますが、仕様です。
特種用途でない場合は、お近くにあるコウノトリ運輸窓口への寄贈が推奨されます。
生命省の許可及び人命神(正式名称:生物取扱管理者第194001類)の資格を有する者のみ、完成品を理想設計個体として認定し、天使養育機関への移送を許可されます。
その他、ご不明な点等ある方は、生命省相談センターまで。
〈『生命省/生体設計手順』より〉
『同情』
電車の揺れに合わせて、吊り革が軋む。
拍を取るように、ウトウトと首を倒すが、こんな窮屈な時間帯では休めそうもない。
今日は、資料を3回も修正する羽目になった。
自分の能力の無さは、プライドが許す限り認めているつもりだ。
ただ、あの上司の審査は厳しすぎるのではないか。
言葉づかいや行間の指摘をするだけならまだしも、
気分次第でその基準が変わるのはどうにかならないものか。
目の前でスマホを弄っている学ランを見つめながら、自由と希望に満ち溢れた学生時代を懐かしむ。
もう、戻ってくることはない、青春の日々。
今でこそ不幸せというわけではないものの、おそらく会社員共通であるこのストレスを抱えると、どうしても卑屈になってしまう。
「痴漢です」
声がした。隣からだ。
その女性は睨むような目で顔をこちらに向け、片方の手を高々と突き上げている。
そこには自分の手があった。
「は?え、いや、」
「この人、触りました」
何が起こったのか、わからなかった。が、すぐに目が覚めた。
痴漢だ。そして冤罪だ。
すぐに弁明すべきだと思った。
「いや、やってないですよ」
いつの間にか開いていたドアからホームに降り立つ。
「誰か、駅員を呼んでください」
解決してもらおうと思った。
「私、この人に痴漢されました」
女性の発言は止まない。
電車が来たにも関わらず、ホームの人ごみは数を減らす気配が無かった。
むしろ、互いを睨み合う男女を中心に増えているようだった。
冷たい視線とシャッター音に全身を刺される。
女性の発言を何度否定したところで、事態は悪化するばかりだ。
数分足らずで駅員が駆けつけた。
「実は」
「この人に痴漢されたんです、逮捕してください、逮捕」
感情が今にも爆発しそうだった。
全身が熱くなるのを感じながら、必死に理性が繋ぎ止める。
「とりあえず、着いてきてもらえますか」
虚空から生まれた偽りの罪が背中にのしかかるのを感じた。
もう、逃げ場は無いと思った。
この場で最も哀れな人間に同情する者は1人もいない。
三人は駅員室へと向かう。
シャッター音は鳴り止まなかった。
「まだ、落ちたくないね」
秋の香りが無くなりかけていた頃、君はそう言った。
落葉樹の林の中、痩せこけた一本の木、
そこには2枚の枯葉が寂しげに揺れていた。
「そうだね。落ち葉になったら、ガサガサ音を立てることしかできなくなる。」
「"落ち葉"なんて差別用語、使っちゃいけないわ。私たちも、あの子たちも、同じ葉っぱなのよ。それに──」
「私たちも、もうじき落ちるのよ。だろ?分かってるよ。でも、まだ受け止めきれないんだ。」
「どうして...」
この木には、僕たち2枚しか残っていない。
全ての葉が落ちきったら、きっと春に向けて若葉が芽吹く準備を始めるだろう。
そしたらもう、君には逢えないような気がする。
遠くの方で年中姿の変わらない常緑樹が緑色の葉を揺らしている。
その風も、数秒足らずで僕たちのところにやってくるだろう。
最後に、伝えたいことをはっきり言おう。
「まだ、君と離れたくないんだ。」
君は微笑んだ。
その頬には、かすかに紅葉の色が戻ったように見える。
僕も微笑み返す。
それから間も無くして、風が吹き荒れた。
自然を無慈悲にかけめぐる強風は、2枚の葉を空気で覆い、いとも簡単に、命綱を断ち切った。
もとから2枚の葉が重なっていたかのように、君は翼を開いた。隙間から鮮やかな橙色が覗いている。
僕は枝の下の方へ運ばれ、君は上の方へ。
全てを理解した僕は、もう一度笑う。
僕は、ずっと騙されていたのか。
君が、枯葉に擬態するコノハチョウだったとは。
朝、ベッドから起き上がる。
ピピピピピと鳴るスマホを手に取りながら、
アラームをかけた時のことを思い出そうとするも、
昨日のことが酷く昔のことのように感じられる。
体を伸ばし、今日が始まったことを改めて実感する。
朝食を摂り、
歯を磨き、
スーツを着る。
玄関を開けて右に曲がり、
薄汚れた階段をカンカンと降りた先には、
大家のおばちゃんがほうきとちりとりを持って佇んでいる。
「あらぁ、谷口さん、今日はいつもより早いのねぇ。」
「ええ、まあ。いってきます。」
「はい、いってらっしゃい。」
もう随分とやり慣れた会話だった。
何千回も聞いた声だった。
恨めしいほど返した言葉だった。
道路に目をやり、再び歩き始める。
もう、何回繰り返したのかも覚えていない。
何十回、何百回、何千回、
同じ今日を辿ったのだろう。
何度も試した。
会社の人を殴った日も、
事故の起きる交差点に先回りした日も、
線路に侵入して電車を止めた日もある。
それでも朝になると、日付は変わらないままだった。
人も、事故も、電車も、何事もなかったかのように1日が始まった。
5億年ボタンとか、タイムリープとか、
当事者でもないような奴等がその恐怖を語ることに勝手に苛立つ。
そして毎度、そんなことを考える自分に呆れる。
挫折も憂鬱も飽きてしまった。
世界中の時が残酷に進むのなら、
自分が居続けるこの1日は天国になりうるのだろうか。
雑多な感情を振り払い、駅へと向かう。
今日こそ、明日にたどり着いてやる。
今日こそ、今日にさよならを。
『お気に入り』
僕には毎日通うお気に入りのカフェがある。
駅からは少し遠くて、人もほとんどいなくて、
レトロな雰囲気がとても印象深い。
きっと静かで落ち着くから、
この場所を気に入ったのだろう。
窓際の端、
背中側に壁があって、
店内をよく見渡せるところにお気に入りの席がある。
僕はお気に入りのコーヒーを頼む。
苦すぎず、温かすぎず、量もちょうどいい。
時間も決まっている。
夕方、日が傾く頃。
この時間が1番良い。
今日もやってきた。
黒く長い髪に、
ベージュのハンドバッグ。
同じ時間。
同じ席。
同じ姿勢。
お気に入りの席に座る彼女を眺めながら、考える。
このあとも、
いつもどおり、
お気に入りの散歩道を歩き、
お気に入りの弁当屋に買いに行くのだろうか。
僕は今日も嗜む。
彼女のお気に入りを。