「君を照らす月」
時々思い出す事がある。正月を迎え、落ち着きを取り戻したかに見えた夜の八時に、私は親戚の女の子と一緒にコンビニに行っていた。その年は寒波が列島を覆い、とても外出しようと思える気温ではなかった。そんな中でその女の子が
「アイスが食べたい」
と酒が回りとても立てそうに無い大人達にねだった。だが大人達は一度外に出ればすっ転んで身動き一つ取れなくなるのではないかと思ってしまう程、酷く酔っていた。そこで私に白羽の矢が立った。当時は十九になったばかりで無論酒も飲んでいなかった。そこで私はしぶしぶ身支度を整え、身体を貫く零下に足を踏み出した。
正月の住宅街は日常の何処かに非日常を帯びていた。あいも変わらず明かりの灯る家々から話し声や笑い声が後を絶えず、寒さと共に私を震えさせる。そんな住宅街の中にコンビニはある。女の子に遠慮はするなと言い、好きな物を選ばせた後会計を済ませてそのに出ると、先程とは夜が違って見えた。
帰路に着く。住宅街の賑やかさも変わりない。ただ月明かりが街全体を包んでいる。コンビニに入る前はただ暗かっただけの夜が表情を変えていた。その時突然女の子が走り出し、空を見上げた。澄み渡り味のない空気を思いっきり吸っていた。そして私の方へと振り返り、何かを話そうと...
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それから三年が経った。私も大学卒業が近づき、社会人へと変化する人生の転換点に立たされている。そんな中でどうしても思い出してしまう。この先一生子供であり続けることになってしまったあの女の子を。
無邪気な女の子は私に言葉を残した。その言葉は私にまとわりつき、そして女の子は月明かりに照らされて、主役となって月へと昇って行ったのだろう。月明かりは今日も眩しかった。
了
11/16/2025, 1:37:10 PM