卑怯な人

Open App
11/16/2025, 1:37:10 PM

「君を照らす月」

 時々思い出す事がある。正月を迎え、落ち着きを取り戻したかに見えた夜の八時に、私は親戚の女の子と一緒にコンビニに行っていた。その年は寒波が列島を覆い、とても外出しようと思える気温ではなかった。そんな中でその女の子が
         「アイスが食べたい」
と酒が回りとても立てそうに無い大人達にねだった。だが大人達は一度外に出ればすっ転んで身動き一つ取れなくなるのではないかと思ってしまう程、酷く酔っていた。そこで私に白羽の矢が立った。当時は十九になったばかりで無論酒も飲んでいなかった。そこで私はしぶしぶ身支度を整え、身体を貫く零下に足を踏み出した。
 正月の住宅街は日常の何処かに非日常を帯びていた。あいも変わらず明かりの灯る家々から話し声や笑い声が後を絶えず、寒さと共に私を震えさせる。そんな住宅街の中にコンビニはある。女の子に遠慮はするなと言い、好きな物を選ばせた後会計を済ませてそのに出ると、先程とは夜が違って見えた。
 帰路に着く。住宅街の賑やかさも変わりない。ただ月明かりが街全体を包んでいる。コンビニに入る前はただ暗かっただけの夜が表情を変えていた。その時突然女の子が走り出し、空を見上げた。澄み渡り味のない空気を思いっきり吸っていた。そして私の方へと振り返り、何かを話そうと...

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 それから三年が経った。私も大学卒業が近づき、社会人へと変化する人生の転換点に立たされている。そんな中でどうしても思い出してしまう。この先一生子供であり続けることになってしまったあの女の子を。
 無邪気な女の子は私に言葉を残した。その言葉は私にまとわりつき、そして女の子は月明かりに照らされて、主役となって月へと昇って行ったのだろう。月明かりは今日も眩しかった。

                   了

11/15/2025, 12:52:17 PM

「木漏れ日の跡」

 光で照らされた薄緑
 そこに散りばめられた宝石たち
 色褪せる事も知らないだろう
 そう思わせる程に
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 「何寝てるんだい」
その一言で私の目は不機嫌そうに開いた。視界の前に広がっていたのは何処にでもあるソメイヨシノで、桜は散り、すっかり大きな緑の葉を身に付けていた。
 「誰が何処で寝ようが勝手だろう」
私はそう言って上半身を起こした。私を起こしたのは友だった。ここ最近は色々と立て込んでいて、集まりも無かった。恐らく偶然だろう。
 「ガキみてぇに地面の上で寝っ転がってんじゃねぇよ。汚れんだろ」
その言葉に私は少しムッとして言い返してやろうとしたが、言葉が不思議と出なかった。それを見ていた友は眉を上げ、不思議そうに問うてきた。
 「どうしたよ、いつもハキハキと物言う癖に」
 「いや、ただ子供は舐めちゃいけねぇなってふと思っただけだ」
言う前に想像して気付かされた。自分も半分子供だった。全く友の言う通りである。こんな虫が付いてきても文句が言えない場所で寝っ転がるなんて、大人は忌避するだろう。だが不快感は無かった。寧ろ心は青く爽快だった。仕事やら今後の悩みやらで悩んでいたのが嘘のよう。きっと、悩みの手っ取り早い解決法は子供が一番多く知っている。
 
 人間とは不思議だ。成長する程大切な事を忘れる。

 「何訳の分からねぇこと言ってんだ、まぁ飲む約束もしてねぇからそのまま帰るわ」
友は少し困惑した顔を見せた後、そのまま帰っていった。そんな友の後ろ姿を何も考えずに見ていた。しかし、ふと思い納得した事があった。
 「あいつも見方変えれば子供か」
そんな考えを鼻で笑い空を見上げた。

 そこに跡は無かった。

                   了

9/18/2025, 1:25:46 PM

「もしも世界が終わるなら」

 旅行中、岸壁の側を歩いている時、友人が私に尋ねてきた。もしも世界が終わるなら、と。完全に不意をつかれた私は立ち止まり、黙りこくってしまった。
 この手の話よく聞く。だがそれ故に他人に頻繁に聞くことでは無いし、普段の生活の中で出てくる話題でもない。旅行という特殊な条件下であるが為の普段とは違う思考から生まれたイレギュラーなのだ。
 さて困った。こうも混乱すると何も考えられない。考えようとして目を瞑っても、波が岸壁に当たる音だけが私の頭の中を震わす。ただ、ただ響く。一寸の狂いも無い深い青。とても寒そうで、しかしどこか暖かみを感じるそんな世界がそこにある。
 

 ふと小学生の頃の記憶が蘇った。蒸し暑い夏休み、
小学校のプール講習の日の記憶だ。水色のプールサイド。
太陽光に熱せられ、かなりの暑さを帯びている。そしてそれを一刻も早く解決するためにバケツでプールから水を汲み、プールサイドへ放出する。随分とその記憶が碧く感じる。
 さて、一時間程その講習は続くが、最後の十分間は決まって自由時間となっていて、私含め子供達が和気あいあいと遊んでいた。鬼ごっこであったり、泳ぎで友達と競い合ったりと、それぞれの時間を過ごす。
 その中で私はふと気になったことがあった。水中から空を眺めるとどう見えるのだろう。子供は疑問に思うと直ぐに行動に起こすのが常だ。その例に漏れず私もゴーグルを掛け、鼻を摘み水中に潜った。そして眺める。そこにあった世界はちょっぴり淋しさを感じる美しさと全身を優しく包む暖かさが混在していた。
 音は無く、唯一聞こえるのが自身の体から空気が抜ける音ただ一つ。そして私の体は仰向けになり水中を漂う。結果、視覚に全ての感覚が費やされる。そこから見た空は...


 目を覚ます。少しだけ意識が飛んでいたような、そんな感覚だった。友人の顔を横目で見ると、そこまで答えを急かしているようには見えなかった。
 一体どれ程長く目を瞑っていたのだろう。自分自身には短く感じるが、実際のところは分からない。だが、答えはもう調った。

「俺は海に飛び込む。文字通り、海の藻屑になるのさ」

「どうして?」

「そうだなぁ。強いて言うなら『帰りたい』から...かな」


                    了
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
プールの端っこに皆で集まってグルグル回って擬似流れるプールを作るあれ、もう1回やりたい

9/16/2025, 1:06:17 PM

「答えは、まだ」

 試験が終わり、数時間ぶりに外に出た。普段と何ら変わりのない新宿の夜、普段の光景であるはずだ。だが、今の私には別物にも感じる。日が落ちようとも眠る気配のない、多種多様な人間が交差する、側は秩序ぶっているくせに本性を隠しきれないそんな街。

       とにかく不思議だった

 そんな街の中を私は半分浮いているかのような気持ちで巡っていた。試験が終わったらそそくさと帰る予定であったのに、一体何に狂わされたのか理解しようともせず、その狂気の一部と私は成り果てた。
 何度も何度も訪れたはずの新宿、色んな側面をこの目で見た。今歩いている道もその記憶をなぞっているだけ、普段の私ならただの作業の如く進むだけ。でも今日の私は狂っている。
 人々が発する言葉、走音、我先にと走る車やバイクの走行音、クラクション、あちらこちらで聞こえる音響式信号機の音。秩序なんてあったものでは無い。だが私はそれがオーケストラの様だと感じた。
 全くもって不可解な思考である。まるで協調性を感じさせないそれぞれの音を聞きた感想とは思えない。私は内心、ほくそ笑んでいた。
 不思議だ。何故だろう。分からない。でも笑ってしまう。その時、私は心の底から濁った欲が溢れたように感じた。他人を押し退けてでも走り、最後には大きく笑ってやろう。そんな欲がどこからともなく湧いて出る。

          狂ってる

 だがそれが心地よかった。高架下、大きく響く列車の音を聞きそれは増大した。
 どうしたのだろう。試験が終わるまでは普段の私であった。何が原因か、誰が原因かなんて考えられる頭も残っていない。身体の節々が己の欲求に従って動く。

         まぁ、いいか...

 この狂気は今に始まった事では無いのだろう。この狂気の答えを私は先送りにした。
 それよりも狂気の宴は始まったばかり、心が満たされるまで浸っていよう。それを境に、私は側を剥がした。

                   了

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 書き途中で半ば放棄状態のやつがあるのですが、
終わりが見えなくなっちゃったんですよね...

6/28/2025, 1:31:40 PM

「夏の気配」

    「学生の夏」
 それは、私にとってあまりにも多すぎる時間だった。

 夏休み前半こそ、プールだの映画だのと遊びに遊んでいたが、こうも時間に余裕があると欲は満たされ何も無くなってしまう。外の暑さとは対照的に、私の欲求は冷めてしまった。夏は全力で遊ぶなんで考えていた自分はベットで寝転がりながら何をしようかと考えに考えていた。八月初旬のよく晴れた日のことだった。
 ふと、今年の夏はあまり個人で遊ぶことはしていないことに気づいた。友人も私と同じ考えだったらしく、連日都内各所を巡り遊んでいたが、今や相手も私と同じ状況だろう。一度一人で遊ぶのもいいだろう。幸い時間はごまんとある。金は多少減っていたが、まだ一日程度は満足いく程度に遊べる程の金額は残っていた。さて、次は何をするかだが、これが大きな問題だった。一人で行動すると決めたのはいいが、一人で何をするのか、その答えがどうしても出なかったのだ。
 私は答えを求めてスマホに手を伸ばした。スマホで何か検索して見ようと思うも手が進まない。ただニュースに目が向くだけ。そろそろ面倒くさくなった時だった。ふと、旅行系サイトの広告が目に入る。そこには大きく「温泉ツアー」と書かれていた。その手があったか、と私は妙に納得したような感じになった。
      
 「温泉...温泉...」

 頭の中で反芻する。いくら多少の金が残っていようと、遠出をすると一瞬で消し飛ぶ。程よく近い場所にあり、観光も多少できる温泉地はないだろうか。そう考えていると、すぐに一ヶ所条件を満たす場所があることに気づいた。
   「熱海温泉」
 全国的に有名な温泉地で、古くは仁賢天皇の時代まで遡る。そこから温泉地として段々と名は広まり、バブル景気の終了後は廃れるように思われたものの、現在でも多くの観光客で賑わっている。
 時計をふと見る。時間は午前十時、行くにしてはあまりにも遅いが、金がない状況では長い時間遊べないのも事実。むしろ今言ってしまった方がいいかもしれない。そう考えて、急いで支度を始めた。
 少なくとも午前中に向こうに到着する事は出来ないだろう。新幹線を使えばもしかしたら出来るかもしれないが、そうしたら遊ぶ為の金が無くなってしまう。それでは本末転倒なので普通の東海道線に乗り、熱海まで向かうことにした。
 夏休みの平日午前11時半、流石に電車は空いていた。角席も容易に確保でき、私はそのまま進み始めた車窓を眺め続けていた。駅に一つ一つ停車する度に人は減っていき、残されたのは私含めて四人。それ以降人数は変わらず。熱海駅に着いてから、皆一斉に降りてしまった。
 熱海駅を出てまず初めに感じたことは、空がいつもより眩く感じたことだろう。今日は南関東を中心に快晴の予報が出ていて、基本自宅付近と熱海の天気は大差ない。だからこそ不思議に感じられた。その気持ちを例えるならば、夢のような感覚に近かった。
 そんなことを考えている内に腹の虫が鳴り、昼食を食べていないことを思い出した。何の計画も立てずに来たものだから、何をするのか、何処へ行くのかも決めていない。スマートフォンで近くの飲食店を探すことも考えたが、たまには商店街を歩いて周り、探すことにした。
 歩いていて、よく海鮮系の店を目にするが、人通りの多い場所に出店している店の多くは地魚をあまり出していたいと聞く。行くならば人気の無い路地の店だ。私は程よく狭い道の奥に佇む一件の店を見つけた。時間も有限、これ以上店探しにこだわっていると食事の時間が無くなりそうだったのでこの店にした。
 店の戸を開けると、七十手前の老夫婦が見えた。老夫婦は慣れた手捌きで魚を捌き、盛り付け、客の元へと運んでいた。それを眺めていると、おばあさんがいらっしゃいと一声かけて優しい口調で好きな席に座るよう言った。好きな席と言っても、熱海は名の知れた観光地である。人目の付かなさそうな店でも大分繁盛していた。だから、好きな席と言われてもあまり選択肢は無かった。店を見渡す限り、空いているのは二人用のテーブル席と扉に最も近いカウンター席の二つのみ。少し悩んだが、一人でテーブル席を使うのは少し忍びないので、カウンター席に座ることにした。
 席に座ってから少し間を開けて、おばあさんが手拭きとコップ一杯の水を持ってきてくれた。私はおばあさんに感謝を伝えると、店内を見渡し始めた。
 建物自体が古いためか、かなりの年季を感じさせる店内だった。しかし、だからといって不潔かと言われるとそうでは無く、しっかりと清潔に保たれている印象だった。特に厨房はよく掃除されているらしく、不快感は全く無かった。
 そんなことを考えている内に大将の手元に目が映る。長年培ってきたのだろう。自らの腕に自信を感じているのがよく伝わる手捌きである。この時点でハズレは無いと確信した。
 余程多少の腕に見とれていたのだろう、おばあさんが注文は決まったかどうかを尋ねてきた。そうだった。飲食店に来て料理を注文しない者など殆どいないだろう。急いで品書きに目を通す。流石は漁港の近くの店である。回線の種類は豊富にあり、選ぶのに相当時間を要するかに感じられたが、アジのなめろうの丼に目が止まった。熱海の海鮮といえばアジである。今日はシンプルに地元の有名なものにしようと、私はおばあさんにアジのなめろうの丼を注文した。
 アジのなめろうの丼は想像よりも早く来た。さて、どれ程の量なのだろうかと、席に置かれた丼を見ると中々に大きい丼茶碗にこれでもかと米となめろうが敷き詰められていた。少しの間絶句した。
 やってしまった。これを食べ切れる自信が全く湧かない。正直、橋を手に取るのも怖く感じ、少しの間丼を眺め続けていた。だが、このままでは埒が明かない。仕方なく橋をとり、一口食べた。先に感想を言っておくと、かなり美味しかった。私が行った時期は丁度アジの旬と被っていた。にしてもいいアジであった。よく脂がのったいい魚だ。一口食べるとペースは増していき、気づけばあと二口三口残す程度になっていた。そのままの勢いで口の中にかき込み、完食した。
 とてもいい店だった。大将は寡黙だが腕はとびきりいい。そしておばあさんの対応もとても丁寧で好感が持てた。またいつか時間がある時に来ようと、そう思いながら会計を済ませて戸を開けた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
諸事情により、また途中で切ります。おそらく明日には書き切ると思います。

Next