雨夢 歌桜 AMANE KAO

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「太陽のような」

午後2時。カーテンの隙間から差し込む光が、テーブルの上のコーヒーカップに細く、白い線を描いていた。

「ねぇ、流歌(るか)」彼は静かに言った。
「今日、太陽みたいに明るいね」

私はいつものように笑った。でもその瞬間、背筋の奥に小さく、かつ鋭利な氷の針が刺さったような気がした。

彼の名前は真斗(まさと)。付き合ってだいたい2年になる。優しく、几帳面。「太陽みたいだ」と、何度も言われた。
最初は照れくさくて嬉しかった言葉だったが、いつからか、少しづつ重くなっていった。昨日の夜もそうだった。
「流歌って、本当に太陽みたいだよね」
電気を消したくらい部屋で、彼は私の髪を指でうそぶきながら呟いた。
「眩しすぎて、近くにいると目が痛くなるくらい」
私は、「大袈裟だよ」と笑って誤魔化したけど、その声がいつもより低くて、少し掠れていたのを私は聞き逃さなかった。

そして今。彼はテーブルの向かいに座ったまま、じっと私を見ている。

「流歌、太陽ってさ、ずっと見つめてると失明するって知ってる?」

心臓が一瞬、大きく跳ねた。

「だから人は、太陽を直視しないんだよね」彼は微笑む。いつもの優しい笑顔。
「たまにチラって見て、すぐ目を逸らす。それが正しい距離なんだ。」
私はカップを手に持ったままで動けなくなっていた。
「でも俺、ずっと見てたんだ。」彼の声が一段低くなる。
「流歌の笑顔、泣き顔、誰かと電話してる時の声も、寝てる時の寝息も、全部。眩しすぎて、もう目がおかしくなったみたい」

その瞬間、テーブルの下で何か、金属が小さくカチリと鳴った。
私は反射的に立ち上がろうとした。でも足が動かない。いや、動かせない。視線を落とすと、私の右足首に、細いワイヤーみたいなものが巻きついているのが見えた。テーブルの脚にしっかり固定されている。

「いつから…?」声が震えた。
「3週間前からかな、流歌が俺以外の誰かと笑ってる写真を見た日から。」彼は穏やかに答えた。

頭の中の記憶が急速に駆け巡られる。
〜3週間前。職場の飲み会の集合写真。同期の男が私の肩に手を置いて、ふざけてピースしていたあの1枚。〜
「あれ、ただの…」
「知ってるよ。」彼はそう言って私の言葉を遮って続ける。
「知ってるけど、でも、見てしまったものは消せないんだ。」

真斗はゆっくりと立ち上がり、ポケットから何かを取り出した。小さな黒い円形のもの。レンズの部分が、鈍く光った。
「これ、太陽の光を集めるレンズなんだ。昔の実験で使ってたやつ。太陽光を一点に集めると、紙が一瞬で燃えるんだよ」と、彼は囁くように言った。
彼は私の顔のすぐ近くまでレンズを近づけてきた。窓から差し込む光が、レンズの中で歪んで、私の瞳に白く、小さな太陽を作り出した。
「流歌は太陽みたいって、ずっと言ってきたよね。」
彼の声がすぐ耳元で響く。
「だったら、最後まで太陽でいてよ」
レンズがさらに近づく。白い光がだんだん熱を帯びていく。
私は叫ぼうとした。でも喉が凍りついて声が出なかった。

その時、玄関のチャイムが鳴った。真斗の動きが一瞬止まる。

もう一度、ピンポーンと鳴る。
「…誰?」彼が小さく呟く。
「助けて!」私は全身の力を振り絞り、掠れた声で叫んだ。

一瞬の静寂。そして、ドンッ!という大きな音と共に、玄関のドアが蹴破られる音がした。
「警察だ!動くな!」
光がレンズから逸れた。真斗の手から滑り落ち、床に転がった。

私は泣きながら、ただ震えていた。

駆けつけた警察官のひとりが、私の足首のワイヤーを切ってくれた時、ようやく彼の言葉が耳に届いた。

「流歌…眩しすぎたんだ…」

床に落ちたレンズが、まだ小さな太陽の光を、静かに反射していた。

(完) 雨夢 歌桜

2/22/2026, 12:23:33 PM