シュグウツキミツ

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凍てつく鏡

「さむっ」
板垣京子は思わず呟いた。
『最低気温は-15℃、今季一番の寒さです』出かけに見ていた天気予報のアナウンサーの言葉を思い出していた。
外はまだまだ暗い。冬至から少し経ったとはいえ、日が昇るのは数時間は先だ。
校庭を眺めて一息つく。
水道のホースを伸ばし、蛇口を捻る。勢いよく迸る水を、均等にかかるように撒く。防寒服を着てホースの口からできる限り体を離しているが、それでも水飛沫がかかる。帽子も耳当ても手袋も着けているが、それでも掛かると冷たい。
いや、痛いと言ったほうが実感に近い。
(なんでこんなことをしてるんだろう、私)
板垣京子は音楽が専門である。音楽大学でピアノと声楽を学び、その技術を活かすために教員免許を取った。本当は演奏で生きていきたかった。
(あーあ、指がかじかんじゃう。ピアノ弾く前に温めなけりゃ、これは動かなくなるな)
暫く水を撒き、懐中電灯で校庭を確かめる。
やがて、車に乗り込んで帰っていった。

あくる朝、出勤すると、もう児童たちが登校していた。椅子を押したり、手を繋いだり、自立していたりと、思い思いに滑る子供たち。自分が担当する音楽の授業では聞こえないような笑い声が響く。笑顔が眩しい、と板垣京子は感じていた。
(まあ、この光景を見られただけ、良かったことだ)
ふと水道を見返した。バケツに氷が張ってある。
(凍てつく鏡みたいだな)と覗いた先には、満足そうな自分の顔が写っていた。

12/27/2025, 10:17:22 AM