sairo

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赤や茶色が敷き詰められた道を歩いていく。
歩く度に、さくり、さくりと乾いた音が鳴る。見上げる木々は寒々とした姿を晒しているのに、足元はとても鮮やかだ。
不意に悪戯な風が当たりに赤や茶色を舞い上げ、視界を覆う。思わず立ち止まる体に、かさりと落ち葉が降り積もった。

「うわっ……」

小さく声を上げ、落ち葉を払う。かさかさ、かさり。音を立てて落ちていく葉は、ひらひら舞って踊っているように見えた。

さくり。
少し離れた場所で、音がした。視線を向けても、そこには誰の姿もない。
さくり、さくり。
誰かが落ち葉を踏み締め歩く音。どんなに目を凝らしても見えない誰かが、こちらへと近づいてくる。
さくっ、さくっ、さくり。
歩く音は不規則で、まるでステップを踏んでいるかのように軽やかだ。時折立ち止まり、かと思えば飛び跳ねるような強い音を立てる。どこまでも自由な音に、恐怖が掻き立てられるよりも、好奇心を抱いた。
誰なのだろうか。側に来れば、少しはその姿が見えるだろうか。
さく、さくり。
音が近づく。ぼんやりと音のする方へ視線を向けていれば、風が再び落ち葉を舞い上げた。

「――っ」

視界を覆う落ち葉の向こう側で、誰かの姿が見えた気がした。
目を凝らす。赤や茶色の色彩とは違う、水色がふわりと翻った。
咄嗟に手を伸ばす。届かないと知りながら、一歩前へと足を踏み出した。

「待って……!」

空を切る手に、落ち葉が降り積もる。手を覆い、腕に纏わり付き、そして体を落ち葉で埋めていく。
届かない。その一言が苦しくて、落ち葉を振り払うようにさらに足を踏み出した。


ぱちん。
小さな音がして、どこか微睡んでいた意識が覚醒する。

「――え?」

手を伸ばした格好で、困惑に目を瞬いた。
目の前には誰もいない。あるのは連なる木々と、どこまでも続いている落ち葉の道だけだ。
恥ずかしくなって、急いで手を下ろす。誰にも見られてはいないと分かっていても、落ち着かずに辺りに視線を彷徨わせた。


「そういえば、ここ……どこ……?」

少しして落ち着いてくると、今度は今自分がいる場所が気になった。辺りに見覚えはない。前を見ても後ろを見ても木と落ち葉の道しかないことに、眉が寄る。
いつの間にこんな所に来たのだろうか。どうして、どうやって自分は見知らぬこの場所まで来たのか。
どちらが家に戻る道なのかは、もう分からない。進むことも戻ることもできなくなり、途方に暮れて立ち尽くした。

ふと、風が吹き抜けた。落ち葉を舞わせながら、一方に吹き続けている。

「この奥に行けってこと……?」

風は何も語らない。どうすればいいのか分からず、けれどこうしていても何も変わらないと、風に背を押されながらゆっくりと足を踏み出した。

さくり。
足元の落ち葉が音を立てる。
かさり。
風が舞い上げた葉が体に降り積もる。
さくり、さくり。
かさり、かさり。
ふたつの乾いた音を聞きながら、無心で道の先へと進んでいく。

さくり、さくり。
さく、さく。

「あれ……?」

違和感を感じて立ち止まる。今、自分の足音に遅れて別の足音が聞こえなかっただろうか。
後ろを振り返るが、何もない。
耳を澄ませても、何も聞こえず。首を傾げながらも、前に向き直る。
気のせいだろうと、再び歩き出した。

さくり、さくり。
さくり、さく。

立ち止まる。
気のせいではない。確かに足音がふたつ聞こえていた。
辺りをゆっくりと見回す。木々と落ち葉以外の何かを探して目を凝らし、耳を澄ませる。
何も見えない。何も聞こえない。

かさり。
音がして、肩に葉が乗った。それを落とそうと伸ばした手が、何かに掴まれ止まる。

「えっ……?」

視線を向ける手が、誰かの手に繋がれる。きゅっと握られ、伝わるぬくもりに肩が震えた。
繋がる手の先に視線を向ければ、そこには楽しそうに笑う少女が一人。冬の空を想わせる、薄い水色のスカートが風に吹かれてふわりと広がった。

「ようやく気づいた。迎えに来たのに、全然気づかないんだもん。どうしようかと思っちゃった」

頬を膨らませながらも、少女のその目はとても楽しそうだ。息を呑み、呆然とする自分のことなどお構いなしに、軽く手を引いた。

「早く行こう?皆待ってるよ」

皆。その言葉に、少女のように笑う人たちの姿が浮かぶ。

「待ってるんだ……じゃあ、行かないと」

手を引かれ、歩き出す。
少女と二人、落ち葉の道の先へと進んでいく。
吹き抜ける風が、誰かの声を運んだ気がした。思わず立ち止まりかけるが、手を引かれて早く行かなければと思い直す。
止まる訳にはいかない。皆が待っているのだから。
隣で跳ねるように歩く少女を見ながら、ぼんやりとそう思った。





「また消えたってさ」
「山に行く姿を見た奴がいるらしい」

噂話が、風に乗って過ぎていく。

「この時期の山は、人を喰うからな」
「拝み屋が探しに行ったってさ。運良く間に合えば、枯れ葉の下から出てくるだろうけど、今回はどうなることやら」
「雪が降る前までに見つからなきゃ、諦めるしかねぇだろうな」

嘆く声が響く。
誰もが目を逸らし、起きた悲劇を口にする。

「可哀想に。飢えた山が呼ぶのはいつだって、年寄りでなくて若者なんだから」
「喰い飽きたたんだろうよ。昔は姥捨て山だったって言われてるしな」
「まったく怖ろしい話だよ。どんなに気をつけても、ほんの僅かな隙間から入り込んで連れてっちまうんだから」

怖い怖いと言いながら、噂話は止まらない。
山を怖れ、犠牲が他者であることに安堵し、可哀想にと憐れんだ。

「間に合ってくれれば、いいんだがな」

呟きは、風に乗って空を漂う。
見つめる先の山は、ただ静かにそこにある。



20251125 『落ち葉の道』

11/27/2025, 9:43:37 AM