『Love you』
Love you.
But,do not you love me.
(あなたを愛しています)
(しかし、あなたが私を愛することは無いでしょう)
○○○
異国の空気に触れたとき、私は感動した。
世界には、こんなにも素晴らしい国々があったのか、と。
春夏秋冬の四季折々。
美しい桜が咲き乱れ、散っていくなか。私は一人涙を流したことがある。まるで、天国にいるようだと思った。
私の生まれた国は劣悪な環境で、しかし私はそれを劣悪だとは思わなかった。それが普通だったからだ。
毎日、毎日。私はゴミの山で寝起きし、起きたら街へ仕事をしにいく。空き缶を拾う仕事だ。たまに憂さ晴らしに蹴られることはあるが何てことない、この仕事をすればよくあることで、骨を骨折しないように蹴られ、ふっ飛ばされる方法は既に身につけていた。中には、高等テクを磨いた爺さんがおり、全く自身は怪我をしないのに数メートルふっ飛ばされ、壁に打ち付けられるというトンデモ爺さんも居る。あそこまでいくと、あれは一種の芸術なのではないかと、子供ながらに尊敬の眼差しを向けたものだ。なかなか怪我や病気で長生き出来ないなか、あそこまでの年齢を生きたものは、やはり持ってるものが違う。吹っ飛べば吹っ飛ぶほど、金持ちからの投げ銭も大きくなる。爺さんは一時期、それで3食も食べることが出来ていたらしい。凄い。普通は一日一回食べることが出来れば上々なのに。何も食べるものが無くて、くちくなるお腹を抱えて、明日はもっと頑張ろうと蹲りながらゴミ山で夜を過ごすこともよくあることなのに。
だけど、この国は違う。
そんな者は、居なかった。ただの一人も。
学校、という存在があるらしいことは知っていた。
自分には縁のないものだと思っていた、いや今も思っている。
この国では、どうやら子供はみんな学校に通えるらしい。
みんな、みんな、だ。すごい。まるで夢のようだ。
しかも、それを国、というものが負担してくれるらしい。
……こんな国に生まれたかった。
最初、その存在を知ったとき、私はそう思った。
だが、この国に生まれたものが、みんな幸せになれる訳ではない。ないのだ。……何故だろう。こんなに、あなた達は恵まれているというのに。
虐められている男の子をみた。
私には訳のわからない、すごく下らない理由だった。
正直に言おう。虐められている男の子に、虐められる理由など無いように思えた。
虐めたい人間がおり、その憂さ晴らしに彼を偶然選んだのではないか、私は虐める人間の瞳をみて、そう思った。
なぜならば、その瞳に覚えがあったからだ。
私を蹴っていた人たちの瞳だ。
憂さ晴らしがしたくて、でも何にも当たれなくて、私達を蹴ることで生きている事を実感し、自分は価値のある存在だと安心する事が出来る者たち。
私達は彼らに蹴られる。それを見て彼らは、彼らにとってのはした金を見世物料金のように対価を払う。私達はそのお金でもって腹を満たす。
私達の場合はある種の共存関係にあった。彼らには私達が必要であったし、私達には彼らが必要であった。
しかし、この国の者たちは違う。歪だ。バランスが取れていないように、思える。
イジメられる側が一人しかおらず、仲間が居ない。一緒に頑張ろうと勇気づける仲間も、爺さんのように上手い対処を教えてくれる尊敬すべき存在も、何よりもイジメられる側にはイジメられることによって得られる対価が何もない。特がない。
もしかしたら、私が天国だと思っていた国は、見た目が良いだけの地獄なのかもしれない。
私はそのとき、はじめて。この美しい国に対して、そう思った。
だけど、私はこの国に失望することは、無かった。
——美しかった。美しいと思ったのだ。
一度、虐められた男の子が、川に飛び込もうと、もう死んでしまおうとしていた事がある。
私はなんとかして、それを阻止したかったが、私は無力だった。なにも、出来なかった。私の声は何一つ、届かなかった。
悔しい思いでザワザワする心を抑えつけ、必死に、今まで祈ったこともない神に祈った。どうかこの少年を助けて下さい。彼はまだ、こんなにも幼いんです。大人の力が必要なんです。私の生まれた環境は劣悪だったかもしれない。だけど、あそこには愛があった。周りの大人達が私達を見守ってくれていた。仲間が居たんです。彼には一人も居ない! 孤独だ! 私はこの国を天国だと思っていました、次に生まれ変われるなら、この国が良いと思っていました。でも、もうそんなワガママは言いません。次に私が生まれるのは、もっと劣悪な環境でもいい! だから! だから、今だけは……今だけは、この少年を、助けて下さい……お願いします。
「あなた、どうしたの? そんなところで」
必死に祈る。そのとき、一人の老婆が男の子に話しかけた。
ポツリ、ポツリと雨粒が落ちるように、少しずつ話し合う二人。
深刻そうな顔をしていた少年は、少しずつ顔が和らぎ、二人が別れる頃には、少し拙い笑顔すら、久しぶりに見せてくれた。
——少年は、それから変わった。
一人でうずくまって泣くように、過ごすのをやめた。
涙を拭いて、立ち上がって真っ直ぐ前を向いて、胸を張って歩くように、生きた。
少年が青年になり、彼が最愛の人を見つけ、結婚式に二人で立った。新婦の彼女が、彼への愛を口にするなか、私は彼へ思った。
Love you.
But,do not you love me.
(あなたを愛しています)
(しかし、あなたが私を愛することは無いでしょう)
——Because,I'm DEATH long ago.
(なぜなら、私はとっくの昔に死んでいる幽霊だからです)
……どうか、辛い苦しい過去を背負ったあなたが、辛かった分まで幸せに生きられますように。
おわり
2/23/2026, 10:03:19 PM