〈記憶のランタン〉
村の外れ、普段なら誰も立ち入らない古い教会に一人の男が忍び込んだ。当然良い目的のためでは無い。彼は盗人だった。目的の物はすぐに見つかった。繊細な模様が彫られている、美しいランタン。由来は分からないが「記憶のランタン」と呼ばれるそれは、何十年も使われていないにも関わらず明るく輝いていた。その光は懐かしい家族との思い出のようなやさしさがある。このランタンは何があっても光続け、持ち主を幸運へと導いてくれるらしい。盗人はそれを持って貴族の家へと向かった。ランタンの力を使ってさらなる財宝を得る為に。
盗みは全てうまくいった。ランタンの魔法は本物だったらしい。彼は最初は喜んだ。宝石を売って贅沢な暮らしを楽しんだ。だが、何故だかだんだん心が空っぽになっていくように感じた。盗人になる前にあったはずの、家族との幸せな記憶が消えていっていたのだ。
遂に彼は何も感じなくなった。幸せとは何なのか、何の為に生きているのか、何も分からない。もう生きる意味も見出せない。胸の中にあるのは思い出したくも無いような不幸な思い出だけだ。
星一つ見えない嵐の夜、暖かく輝くランタンを片手に彼は力無く高い橋の上へ登り、荒れた海へと飛び込んだ。もがく彼の手を離れ、ランタンはゆらゆらと海を漂った。
人の幸福を吸い取り、その輝きを発し続ける「記憶のランタン」。それは新たな燃料となる持ち主を求めて、陸へと近づいて行った。
11/18/2025, 11:02:09 PM