G14(3日に一度更新)

Open App

118.『雪の静寂』『心の片隅で』『手のひらの贈り物』

 カーテンを開けると雪国だった。
 夜通し降った雪は、大地一面を白く染めあげている。
 庭の木々も雪化粧を施され、朝日を浴びてキラキラと光る。
 突き抜けるような青空とのコントラストが、ため息がでるほど美しい。

 不意に訪れた雪の静寂に、私の胸が弾む。
 あの雪の中に飛び込めば、どんなに楽しいことだろう。
 心の中に住む幼い自分が、早く遊びたいと駄々をこねる。
 それほどまでに、私は目の前の景色に浮かれていた。

 その一方で、心の片隅には冷ややかな感情もあった。
 まだ親の庇護下にあるとはいえ、私はもう女子高生。
 雪ではしゃぐような歳じゃないと、醒めた自分が釘を刺す。
 それに知り合いに雪遊びをしている所を見られたらたまらない。
 きっと、からかわれることになるからだ……

 特に、友人の一人である百合子に見られる事だけは避けたい。
 絶対に鬼の首を取ったように絡んでくるだろうから。
 そうした懸念が、私の足を押し止めていた。

 でも目の前のまっさらな雪にワクワクするのも事実。
 この雪原に一番乗りの足跡を付ければ、どんなに気持ちがいい事だろう。
 そんな誘惑にかられ、私は理性と情熱の間で葛藤していた。

 そして私は、一つの妥協案を導き出す。
「ちょっとだけ外に出てすぐに家に戻れば、誰にも見られないはず」
 誰にも見られなければ問題ない。
 そう自分に言い訳しながら、ハンガーにかけてあったジャンパーを羽織る。
 仮に見られても『日課の朝のお散歩ですわ』という顔をしていれば、何も心配はない。
 完璧な作戦だと自画自賛しながら、玄関のドアノブに手をかける。
 扉の先に広がる美しい雪景色に、胸を高鳴らせながら。
 だが……

「おはよう、沙都子。
 雪が降ったから、遊びに来たよ」
 先客がいた。
 というか百合子だった。

 私の部屋の窓から死角になって気づかなかったらしい。
 庭は既に百合子の足跡だらけで、あちこちが無残に掘り返されている。
 美しい雪景色はどこにも無く、あるのは不格好な数体の雪だるまだけだった。

「沙都子の家は庭が広いから、きっと遊び甲斐があると思ってね。
 見てよ、私の渾身の雪だるまを――」
「ざけんな!」
「ぐふ」
 とっさに雪玉を握って投げつけると、百合子の顔にクリーンヒット!
 私は心の中で『ざまあみろ』と毒づいた。

「何するのさ」
「アンタこそ何してるのよ。
 誰に断って人様の庭の雪を荒らしてるわけ!」
「いいじゃん、こんなにあるんだから、分けてくれてもいいでしょ。
 減るもんじゃないし」
「減るのよ!
 アンタに分ける雪なんて無いわ。
 この庭にある雪は、ぜーんぶ私のもの――」
「隙あり」
 瞬間、顔に冷たい衝撃が走った。
 すぐに雪玉をぶつけられたと気づき、私の中から理性が吹き飛ぶ。

「やってくれたわね。
 後悔させてやるわ!」
「へっへーん。
 当てれるもんなら当てて――ぶへえ」
「あら、ごめんあそばせ」
「上等!!
 いつもの恨み、晴らしてくれる!」
「残念、返り討ちよ」

 そしてお互いに、固めた雪玉を投げつける。
 庭に飛び交う、悪意のこもった手のひらの贈り物。

 相手を屈服すべく、私たちは仁義なき戦いを繰り広げるのであった。




「ふふふ、楽しそうねえ」
 私は窓越しに、友人と一緒に遊ぶ愛娘を眺めて、思わずほおが緩む。
 いつもは物静かで大人しい娘が、あんなに声を荒げて騒ぐ姿を見るのは初めてかもしれない。
 そんな娘に、驚きを感じつつ安心した感情を抱いていた。

 反抗期らしいものもなく、ワガママも言わない、絵に描いたような《《いい子》》。
 周囲からは『立派に育てれれた』と褒められるけれど、あの年頃にしては聞き分けが良すぎることに一抹の不安を感じていた。
 決して自分を出さず、どこか無理をしているのではと、親としては正直気が気でなかった。
 でも庭で楽しそうに笑う娘を見て、ホッと胸をなでおろす。

 友人の前であんな顔が出来るのなら何も心配はいらない。
 年相応の、子供らしいはしゃぎっぷりに、あの子も普通の女の子だと実感する。
 それを引き出した百合子ちゃんには感謝しかない。
 娘は本当に良い友人に恵まれた。
 けれど……

「それも今だけ。
 すぐ終わるわ」
 私は少しだけ顔を曇らせる。
 二人にはずっと一緒に遊んでいてほしいけど、それは叶わぬ願い。
 これから来るであろう、悲しい未来を想像し、一人ごちた。
 彼女たちはすぐに思い知るだろう。
 自分たちに、悲惨な運命が待ち受けている事を……

「あんなに雪をぶつけあったら、すぐに体が冷えてしまうわ。
 早くお風呂を沸かさないと!」




 5分後。
 歯をガタガタ言わせながら、我先に家に駆けこむ二人の少女。
 必死な彼女たちの様子に、私は思わず笑ってしまうのだった。

12/25/2025, 10:51:53 PM