すべて物語のつもりです

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『光の回廊』
 明朝体で記されたその言葉を見て、カイロウ、という言葉を頭の中で検索してみても何一つヒットしなかった。
 馴染みのない単語を題に持つその絵画は、暗闇の中で涙する女の人を描き出していた。真っ黒な世界のなかで、頬を伝う涙が眩しいほどに光を放っていた。
 これを描いた人がなにを伝えたかったのかは記されていないので分かりようがないし、語られても分かる自信は微塵もなかった。ただ、その絵は美しかった。わたしが言えるのはそれだけだと思う。
 知らない人の個展。雑居ビルの地下一階で密かに開かれていた。知らない人、というのはすこし語弊があるけれど、元彼がこの人の作品を好んでいただけで、わたしは関心を示さなかった。この個展の情報は、彼をブロックできないままのインスタのタイムラインに流れてきた。未練がましいのかもしれない、もしかすると彼がいるかもなんて思って来てしまった。
 地下一階の閉塞感が拭いきれない小さな空間に、人影は数えるほどしかなかった。人影よりも少しだけ多い作品の中で、一つの絵に目がとまった。
 高尚なことは何も言えないし、評論なんてできないし、AIに負けてしまうくらいの語彙力で外国人でも分かるような言葉でしか感想を紡ぐことができないけれど、ただ惹かれたその絵は美しかった。
 目にも光を宿さない彼女の一筋の涙だけが輝きを含んでいる。これはなにを意味するのだろうか。分かりたくなったけれど分かりたくもなかった。ただ一つわがままを言うとするならば、元彼の長ったらしい感想が聞きたくなった。
 彼はこの絵を見てなにを思うだろう。
 黒髪ボブにわたしを重ねたりしてくれないだろうか。そんなことを思いながら、光だけを見つめていた。

12/22/2025, 3:30:06 PM