小学生の時、僕はヨーロッパのある美しい都市に住んでいた。その頃の父の収入は、日本の大学からのものと、国からの助成金、さらにその都市にある大学からの奨学金から成り立っていて、閑静な住宅地に住むことができた。
周囲は、落ち着いた雰囲気を醸し出す古い家々に囲まれ、絵本から飛び出してきたかのような場所だった。
家の近くには、尖塔に鐘を持つ小さな教会が佇んでいた。教会の外壁は、年月を経た気品あるレンガで覆われ、その土地の歴史を物語っていた。
でも、住んでいる間、行き交う人々の生活音や、かすかな風の音が時折耳に入るだけで、鐘の音の記憶は全くないんだ。教会は静かに存在していただけだった。
日本に戻り大人になった今、僕が鐘の音といって思い起こすのは、大晦日の除夜の鐘だ。その響きは、心に静けさをもたらし、新たな年の訪れを告げる。
ヨーロッパの教会の鐘も、きっとどこかでそんな音を響かせているのだろか。
僕の記憶の中では、その教会の音は形を持たずに消えてしまったけれど、ひょっとしたら、遠く懐かしい光景の空気の震えとして無意識深くに眠っているのかもしれない。
「遠い鐘の音」
12/14/2025, 4:31:23 AM